「さて、そろそろ本当のことを聞かせてくれない?霧恵ももう寝たことだし」 酒の入ったグラスを見つめながら、貴子は隣に座っている英翔に訊ねた。 もう陽はすっかり沈み、あたりは暗くなっていた。 おまけに、昼間はあんなに良い天気だったのに、今は小雨が降っている。 それを、貴子と英翔はall thingsの店内から眺めていた。 貴子は、すっかり新しい着物に着替え終わっている。 「そうですね・・・話しましょうか」 険しい表情をした英翔が答える。 店内には、なんとも言い難い思い雰囲気が漂っていた。 「昼間私たちを襲ってきたあの黒い化け物・・・あれは霧恵さんの負の感情がもたらした物です」 「どういうこと?」 「『天使』って、聞いたことありませんか」 「まさか・・・あの黒い化け物が霧恵の『天使』だっていうの?」 英翔の言う『天使』という言葉に、貴子は驚愕した。 「翼」の更に上を行く高等術。両極でも会得・発動は困難を極める。 天使とは「内気」を物質化した上に、形を形成し。さらに自律で活動する物。 ようするに「内気」で編んだ生命である。 物質化するのも困難な「内気」に形を与え、さらには「意思」まで与えるということは、すでに神の域である。 「じゃあ、あの黒色の『天使』の背中に生えていたものは・・・まさか『翼』?」 「・・・恐らくは」 「勘弁してよ・・・」 英翔の返答に、貴子は頭を抱える。 『翼』 両極、もしくは余程腕の立つ上級賢種にしか成せない技とされている。 有り余る「内気」を物質化したもの、本来霊的なモノにしか干渉できない「内気」を物質に干渉させるという離れ技。 その展開の仕方が、背中にまるで翼のように生えるので「翼」もしくは「天使の翼」などと呼ばれている。 そんなものまで、あの黒い天使は持っているというのか。 「でも、私には霧恵にそこまでの内気は感じられなかったわ・・・」 「それは私も同感です。ですが、あの黒い天使からは確かに霧恵さんの内気が感じられました」 「それと、霧恵の言っていた『結ヱ』っていう子供のことも気になるわね」 「あ、結ヱという子は、霧恵さんの妹さんです。既に他界していま―――――」 そこまで言いかて、英翔は言葉に詰まった。 脳裏に浮かんだ、一つの仮定。 「もし、貴子さんの見た黒い天使の中から出てきた女の子が、本当に霧恵さんの妹なら、つじつまが・・・あいます」 「どういうこと・・・?英翔」 「つまり、あの黒い天使は霧恵さんが、亡くなった妹さんの魂を使って出来たモノなんですよ・・・!」 「――――-!?」 英翔の言う仮説に、貴子は眉をひそめる。 英翔は、さらに続ける。 霧恵さんは、昔に妹さんが亡くなったと言っていました。 仮定ではありますが、もし霧恵さんの中に、大規模な変換式があるとしたら。 妹さんの死亡の原因。 もしかしたらそれは、昔まだ内気をちゃんとコントロールできていなかった霧恵さんが原因かもしれません。 あれほどの内気ですから、幼い頃にきちんと制御できなくとも不思議ではありません。 そして霧恵さんの有り余る内気に何らかの被害を受け、妹・・・結ヱさんが死亡。 恐らく周囲の大人はその事実を伏せていたでしょうね 霧恵さんの性格から考えて、妹が死んだという事実だけで彼女は相当落ち込んだでしょうね。 原因が自分だということを、多分直感的に見抜いてのかしれませんし。 そして、その悔やむ気持ちから無意識の内で結ヱさんの魂を内気でこの世に縛りつけた。 それから長い年月をかけて、またも無意識のうちに結ヱさんの魂を内気でコーティングしていったんでしょう。 形容があんな風になってしまったのは、霧恵さんの負の感情によって放出された内気を多分に受けていたからだと思われます。 霧恵さんは内気の扱いを知りませんから、感情が不安定になると自然に放出してしまうんでしょう。 そこから現在に至ります。 貴子さんも知っての通り、彼女は最近ストーカーに悩まされていました。 それにより精神状態が不安定になり、今まで内気で縛り付けていた、肥大化した天使の束縛が困難になり、今回のような事が起こったのだと思われます。 「・・・でも、『初塚』の変換式って、もう閉じたんじゃなかったっけ?」 「恐らく、お得意の情報操作の賜物でしょうね。あそこは『真門』お抱えで、情報関連に秀でていますから」 「やれやれ、御三家い関わるお家は恐ろしいね。こりゃまた上層部も忙しくなるかな・・・・ともかく、とても霧恵には話せないね」 「彼女は繊細ですから・・・恐らく事実を受け止めきれないでしょう」 そう言い終えると英翔は椅子から立ち上がり、すぐ傍に置いておいた木箱を手に取る。 そして、蓋を開けて中にあるものを取り出した。 それは、一本の剣だった。 三大偽神葬具の一つに数えられる、『聖剣エクス・カリバーン』。通称、『凶つ王』 KOTRTが保有する三大偽神葬具の一つ。 しかし聖剣とは名ばかりで、エクス・カリバーンは数千人の人間の魂の結晶で作られている。 魂の結晶化とは極めて高度な錬精術である。 魂は人間という殻の中に入っていなければ現界することができない、それを物質に変換し、繋ぎとめるという術はもはや魔業である。 それを数千人分やってのけたのだから、『エクス・カリバーン』の錬鉄者は相当な技量の錬精術師だったと見える。 エクス・カリバーンの力を単純な物理エネルギーとして放出した場合、純粋水爆数千個と対等に渡り合える力が発揮できるとされている。 「悲しみは・・・・・・・断ち切らねばならない」 そう呟くと、英翔は店から出ようとした。 その背中を貴子が呼び止める。 「貴方はまだ使用検定をパスしていないはずよ、使用許可が下りない限りそれを使うことは許しません。ましてやそれが私用なら尚更です」 「・・・三大偽神葬具の使用には、我が国が核攻撃以上の攻撃を受けた場合でしたよね?」 「ええ、でも貴方はまだそれを正式に譲渡されたわけではないわよ」 「罰は受けます。しかし、あの黒い天使は放っておけば、核以上の脅威になるのは明白です。そうでしょう?貴子さん?」 「・・・・」 貴子は、英翔の言葉に答えなかった。 それは彼女自身も、あの化け物が核より恐ろしい存在になるのは分かっているからである。 反物質すら生み出す存在。 もしそれを解明できれば、世界中に技術革新が巻き起こるだろう。 第二の産業革命、もしかしたらそれ以上の旋風が世界を渦巻く。 それまで、地球が存在していればの話であるが。 あれは、放っておけば無限に進化を繰り返し、さらに手のつけられない状態になる。 叩くなら、未だ発展途上である今しかないのである。 そうしなければ、被害はこの星だけに止まらないかも知れない。 「・・・・査問会には、一緒に出席するしかなさそうね。いってらっしゃい英翔」 「ありがとうございます」 「それと、約束」 「?」 「絶対に生きて帰ってくること。それと、どんな事態に陥ったとしても、“左腕”だけは使わないこと。『エクス・カリバーン』を犠牲にしてでもね。  分かった?」 「はい、分かりました・・・・・・・・・じゃあ、いってきます。明日の朝食は私が作りますね」 「・・・・楽しみにしてるわ」 貴子は笑顔で手を振る。 それに振り返らずに、英翔は飛び出していった。 英翔の、赴く背を見送った後、貴子は再び酒のグラスを手に取った。 そのまま勢い良く、その半分をぐいと飲み干す。 そして、揺らぐその茶色い水面に映った、自分の表情をみて失笑した。 なんて、情けない貌―――――。これが、あのKOTRTの隊長のする貌か? ため息をつきながら、グラスをテーブルの上に置く。 英翔が行ってしまった後の店内は、嫌にさびしかった。 冷めた空気が、場を絞める。 「貴子さん・・・・」 「――――ッ!?」 自分の名を呼ぶ声に、貴子は素早く反応し、振り返る。 そこにいたのは、寝巻き姿の霧恵であった。 布団で休んでいたのであろうが、やつれた感じが未だ拭いきれないような状態だ。 目の周りには、まだ新しい涙の跡が。 「どうしたの?いまは休むことが、貴方のできる一番のことなのよ?」 「・・・・・・はなし、聞きました」 「え・・・?」 「ぜんぶ、聞きました」 「まさか貴方さっきの話聞い――――」 「私が殺したんでしょう?」 霧恵のそのたった一言に、貴子は言葉に詰まる。 なんという、虚であろうか。 -『 私が殺したんでしょう? 』- そう訊ねる霧恵の表情は、なんという虚で、凄惨だっただろうか。 貴子の心を、深く抉る言葉と貌。 とても、直視できない。あまりに、哀れ過ぎる。 「そ、そんなこと無いわよ・・・貴方はなにも――――」 「本当はきっと気付いてたんです。私。それを自分でも知らない内に無視して、その上で助けを――――。  救いを、求めていたのかもしれません。自分一人では、私だけじゃ、とてもとても、受け止めきれないから。  でも、それはいけない事なのに、きちんと正面から向き合っていかなきゃ・・・・・!」 「霧恵――――!」 ぽろぽろと涙を零しながら懺悔する霧恵の姿に堪りかねた貴子は、霧恵の口を塞ぐように、抱擁した。 包み込むように、そっと優しく抱く。 記憶のなかで自分が泣いているときに、育て親にしてもらったように。 優しく、優しく。 「いいの、もういいの・・・そんなに、自分を責めないで。全部貴方が悪いわけじゃない。そんなこと、絶対にない!  こんな頼りない私だけど、それは保証するから。絶対に、貴方は悪くない。だから責めないで。逃げないで・・・!」 「う、うぅ・・・・た、貴子さん――――ッ」 貴子の腕の中に抱かれながら、霧恵はわっと声をあげて泣き出した。 だが、その涙は、不思議と温かかった。 どんなに悲しい涙でも、自分のことを思い、優しくしてくれる人の腕の中での涙は・・・。   こんなにも温かい――――。 時間とともに、その涙はやがて安堵へと変わっていく。 心の中に張り詰めていた曇天が、さっと風に消えていく様がわかった。 すっかり陽も落ち、そろそろ深夜に向かおうとしている街に今日は、小雨が注いでいた。 微かなのだが、風が不快に温かいせいか、嫌に気に障る。そんな小雨の天候。 そして、そんな中に浮かぶ、装飾などのライトに照らされて光を失わない街並み。 その中を、さらに強力な光が迸った。 それに次ぐように、爆煙と粉塵が舞う。 「ちっ!」 もう何撃目か分からない荷電粒子砲を、英翔は屈んでやり過ごす。 退治せんと意気込んで店を出た英翔は、店から数歩も歩かぬうちに黒い天使と会敵した。 あまりに唐突だったので、英翔は絶好の好機である不意の初撃を逃してしまった。 それでころか、相手から不意の初撃をもらってしまった。 それから、もう既に数分。 夜の活気に賑わう繁華街を、英翔と黒い天使はビルや電灯などをつたって縦横無尽に跳んでいる。 しかし、その戦闘に、繁華街を歩いている人々は欠片も気付いてはいない。 否、気付けない。 それはビル等の合間を跳び交う英翔と黒い天使の速度が、人間の知覚の外にあったからだ。 英翔は、筋力を最大限にまで引き上げ更には内気で増幅し、空気抵抗を削減し、足下には反重力まで展開している。 だが黒い天使はそのスピードに、純粋に筋力だけで付いて来ていた。 そんな人外の彼らの速度は、音速戦闘機かそれ以上である。 故に、この激しい攻防に周囲の人間は全く気付けない。 黒い天使の時折放つ、荷電粒子砲以外は。 流石に、この砲だけは周囲の人間は気付く。 しかし、原因である英翔たちには気付いていない。 彼らには、突然ビルや車や道路が爆発したようにしか見えていない。 「くそっ!」 英翔は毒づきながら、繰り出された黒い天使の強力な脚の攻撃を退く。 黒い天使の脚は、捉えるべき対象から外れ、無意味にアスファルトやコンクリートを抉る。 英翔はその猛攻を、ただ逃げて回避しているだけであった。 彼は、未だその腰に吊ってある兵器に手をつけてはいなかった。 この戦闘の要にして、英翔に許された黒い天使に対抗できる唯一の武装。 だが、それは依然として鞘に収まり、腰に下げられたままだった。 出番を待ち、ただ静かに揺られている。 (もっと、もっと遠くに!この『凶つ王』を存分に使えるフィールドに、『天使』を誘導しなくては・・・!) 額に、焦りの汗が浮かび上がる。 一気に引き離して追いかけさせる、という戦法は、英翔には許されい。 もしそうしたならば、この黒い天使は踵を返して霧恵の元に向かうであろう。 そして、彼女の変換式を肉体もろとも喰い潰すに違いない。 より、高度な自己の組織化を行うために、より強力な力を得ようとするその性で。 そのような事態だけは、避けねばならない。 吹きくる生暖かい風が、焦りを煽る。 不意に、頭上から光が射した。 お世辞にも強いとは言えない、弱々しい光。 そして、日常に感じられる、太陽光に次ぐ光。 そこにあったのは、月だった。 高速に移動する最中に、それを垣間見る。 そして、一つの考えが頭の中に浮かんだ。 (・・・!この方法なら・・・でも一か八か、賭けだな。でも、それ以外に――――) 高速で、黒い天使と交錯する中で、英翔は精神を研ぎ澄ませる。 疎から密に。 広から狭に。 ただ、一点に集中する。 背中が疼く。 変換式を開ける時は、いつもこの感覚がする。これは、人によって区々である。 そこから、生命の根源――――魂へと、繋げる。 ゆっくりと、内気が溢れ出す。 別脈種そのものの存在を支える内気。 それは、生命の要にして源である魂の力である。 輪廻し、繰り返し生命をもたらす魂は、この世に唯一存在する永久機関である。 内気は、そこから取り出されたエネルギーを、己の中に元々渦巻く生命のエネルギーと同等の物に変換したものである。 エネルギーは、魂から取り出すので、個人差は無い。 差は、いかに多くのエネルギーを取り出せるかで決まるのだ。 英翔は両極ゆえに、先天的に変換式の抽出率がずば抜けて高い。 そして、恐らく霧恵はその抽出率が、その数百倍。 御しきれなくて、当然である。 元々才あった英翔ですら、幼きころは変換式からの内気の出力調整が困難であった。 その数百倍をコントロールする。 そんな話、土台無理だ。 「方法は無い―――――!」 誰とでもなく、強いて言うなら黒い天使に向かって英翔は言う。 その目は、鮮やかな信念に燃えていた。 今まで高速で併走していた英翔は、その速度を瞬発的に一気に加速した。 そして、一瞬の間に、間合いを詰め 思い切り、黒い天使を蹴り上げる。 渾身の力を込めて、天高くまで蹴り上げた。 しかしいくら英翔の筋力が常人より遥かに優れているといっても、この黒い天使を蹴り上げることが出来るのは精々四〜五メートルである。 だが、蹴り上げられた黒い天使は、それを遥かに超えて、本当に空高くまで蹴り上げられた。 英翔は、黒い天使の周りの重力を、一時的に解除した。 そのために、黒い天使は高高度まで打ち上げられたのだ。 錬精術の基本は、力の屈折である。 容易なのも確かだが、なにより燃費が良い。 それに比べて、重力、風力、火力、圧力などの力の一時的・局地的解除は、相当なスキルと内気を消費する。 ともなうリスクも、また大きい。 失敗すれば、力の逆流により変換式を傷付ける可能性もある。 おまけに、高速移動中での思想詠唱による発動だ。 失敗して、逆に隙を衝かれる可能性が非常に大きい。 それを天秤にかけた上で、英翔は錬精術を発動したのだ。 蹴り上げられた黒い天使を追って、英翔も空高くに飛び上がった。 小雨の中を、雲に向かい昇る。 曇天の中の雲を抜け、ある程度の高さまでに到達すると、そこには悠然と構える黒い天使の姿があった。 その姿を見て、英翔は黒い天使が霧恵の吸収よりも、目の前の障害の排除をとったのだと安堵し、緊張する。 それ即ち、黒い天使が本気で英翔を殺そうとしているという事実に他ならない。 雲より高く、宇宙より下の、空の狭間とも言うべき高度で対峙する。 一陣の風が、吹き荒ぶ。 黒い天使は、ゆっくりと口を開いた。それと同時に、口の中に紫電が走る。 粒子の加速が、開始された。 その開口と同時に、英翔は目にも止まらぬ捌きで、腰に携えた『エクス・カリバーン』を抜刀した。 抜刀と同時に、『エクス・カリバーン』は光輝き、風が舞う。 そして、幾重もの電流が迸る。 『奴は、大気中の目標に向けては陽電子系の荷電粒子砲を撃ってくるわ』 英翔の頭の中に、貴子の言葉が蘇える。 黒い天使の口腔内の荷電粒子が、ほとんど加速し終える。 エクス・カリバーンが一段と発光する。 両者は、ほぼ同じ瞬間に発砲した。 二本の光の筋が、空で激突した。 大気が、その威力に震える。 交じり合い、互いに破壊しあう、エネルギーの渦。 その鬩ぎあいは、数秒もしないうちに、大爆発を伴って対消滅した。 発生した爆煙に、英翔と黒い天使はあっという間に取り込まれる。 「キキィ!?」 その爆発の様を目の当たりにした、黒い天使は驚愕の声をあげる。 「お前が陽電子の荷電粒子を放ってくるなら、私はその同量の反粒子。つまり電子の荷電粒子砲を放つ・・・」 煙に紛れて、英翔は黒い天使に囁く 何処からともなく聞こえてくる声に、黒い天使は戸惑い、しきりに周囲を見回す。 だが、中々晴れない煙に阻まれて見えない。 「あとは発生したエネルギーを、この反物質級エネルギーの塊である『凶つ王』で、捻じ伏せればいいだけのこと・・・!」 「キイアァ!」 煙に視覚を奪われて戸惑う黒い天使の背後に、背後から英翔が飛び掛る。 いくら煙で視覚的補足が困難であっても、内気の塊である黒い天使は、内気の察知に長けた英翔の前には丸裸同然であった。 そして背後に廻り、容赦無くエクス・カリバーンを振り下ろす。 「大気酸素濃度調節・圧縮。特定分子運動開始・熱量増幅・・・・!」 振り下ろす一瞬の間に、英翔は言語詠唱で素早くエクス・カリバーンを操作する。 黒い天使の周りの酸素を、無理矢理圧縮させる。足りない分は、エクス・カリバーンの内気で精製する。 そして、エクス・カリバーンの刃を、限界ぎりぎりまで加熱させた。 「これで、終りだあああああぁぁぁぁ!!!」 「キイイイアアアァァ!!」 二つの咆哮を、引火した酸素の爆発が掻き消す。 その酸素の爆発は、行った本人のである英翔が驚くほど威力が高かった。 先ほど起こった、対消滅の爆発にも引けをとらないほどだ。 爆発の衝撃波と熱風で、ボロボロと黒い天使の体組織が崩れていく。 英翔は、エクス・カリバーンの有り余る内気で、発生した爆発エネルギーを全て屈折させている。おかげで、爆発の中でも無傷の状態だ。 そして目の前で、黒い天使が死んでいく様を見届ける。 爆音に掻き消されて聞こえないが、黒い天使のもがき様から、絶叫を上げているのだと推測する。 脚は数本が失くなり、あれほどの荷電粒子の発射に絶えた口も、無惨に黒ずんで炭素へと還っていく。 だが、そんな中でさえ、黒い天使は再生を始めた。 爛れ落ちた傷口が、熱に泡立った水面のように、激しく蠢き、その傷を埋める。 おまけに、爆発のエネルギーも、もう殆んど霧散しようとしている。 このままでは、確実に仕留めるどころか、足止めすら困難になる。 「そんなこと、させるかああぁ!」 英翔は、エクス・カリバーンを構え直す。 内包された、数千人分の魂から、内気をくみ上げる。 エクス・カリバーンを取り巻く様に風が、吹き荒ぶ。 それは、自然的では有り得ない勢いである。 触れれば、人間など肉片にされて吹き飛ばされるであろう。 それを、刃の部位に集中、収束させる。 「だあああああぁぁぁぁ!!!」 爆風を薙ぎ消すように、豪風を纏ったエクス・カリバーンを振る。 鬩ぎ合い、互いに身を擦り合う風の裂断。 「キアアアアアアアア!!」 風に乗って、絶叫が聞こえた。 その一撃は、今度こそ黒い天使を肉片から塵へと帰す。 回復しかけていた傷は、その圧倒的な威力のまえには成す術も無く破砕していく。 黒い天使の強靭な体躯は、無残に風の爪に殺がれ、霧散していった。 完全に消し去るのに、数秒も要らなかった。 風は、黒い天使を、一片の肉片も残さずに消し去った。 爆風と、エクス・カリバーンの纏った風が、ほぼ同時に消え去る。 英翔の眼下にある雲は、先の二度の大爆発により、大きなクレーターができていた。 それが、黒い天使との戦闘の凄まじさを沈黙ながら物語っている。 英翔は、一度大きく息を吐いた。安堵し、緊張を体外に追い出す。 空には、相変わらず月が輝いている。 弱々しいが、その光は遥か上空に佇む英翔をしっかりと照らしてくれている。 突然、その光が陰った。 英翔は素早く反応し、上を仰ぐ。 そこには、少女がいた。 膝を抱き、一糸纏わぬ状態で、英翔を上から見つめている。 その姿に英翔は唖然とする。 敵は、その致命的隙を見逃さなかった。 美しく、しなやかな手をすっと、英翔に向けて差し出す。 『ふふふ――――――』 「な――――ッ!?」 その瞬間、世界が光を失った。 辺りが、一面の闇に包まれる。 「こ、これはいったい・・・!」 突然、訳の分からない空間に飛ばされた英翔は戸惑い、毒づく。 完全な、失態だった。 黒い天使の中から、正体不明な少女が出てきたという話は聞いていた。 もし黒い天使を完全に滅却したとしても、その少女が別に襲ってくる可能性は十分にある。 「ともかく、一刻も早くここから脱出を――――――!?」 急に、激しい頭痛が英翔を襲った。 あまりの痛さに頭が割れる、という言葉はきっとこういう時に使うのだろう。と、痛みに叫ぶ頭で英翔は思った。 しかし、そんな冗談を考える思考さえ、激しさを増す頭痛に余裕が掻き消される。 それは、突然頭の中に入ってきた。 あまりに多く、あまりに難解で、あまりに儚い。 何千、何万、何億・・・・何兆という、膨大な量が流れ込む。 同時に数千もの、様々なヴィジョンまで、頭のなかに雪崩れ込む。 (――――こ、これは・・・・!人間の・・・歴史・・なのか!?) 今まで人類が歩んできた道のり。 その中にいた、数え切れない犠牲者。 果てない欲望に駆られた者達の、不毛としか言いようの無い、争い。 謂れの無い暴力、差別、虐殺。 さらにその原始の中にある、元始の記憶。 人類。 その進化の過程。様々な身体的変化。       - そして、遥か太古。元始の人類が交わした誓い - 英翔の頭の中に、先ほどまでとは違うヴィジョンが浮かぶ。 先ほどまでの、抽象的で膨大なものとは違う。 まるで自分がつい先ほど体験したかのように、鮮明。 英翔が見ている記憶の中には、原初の人類の姿がある。 まだ、野生的な部分が大いに残っている。 だが、不意に、その類人猿に近い人類の右腕が紅く光り輝く。 自然的とは思えない、あまりに強力で、紅々しい光。 それは、英翔にも馴染みのある光であった。 いや、英翔たちに馴染みが深い。と言った方が正確であろう。 その光は、錬精術の発動時に発生するものであったからだ。 簡単な錬精術は発光しないが、上級賢種などの使う高度な錬精術は紅い光が発する場合があるのだ。 この人類の出している光は、それとあまりに酷似していた。 (こいつは、最初の別脈種なのか・・・?) 疑問に思う英翔の頭の中に、再び情報が雪崩れ込む。 それは、さきほど垣間見た人類の軌跡とは比較にならない。 筆舌に尽くしがたい、甚大な量。 (な、何なんだこの情報は・・・!?多すぎて頭が割れそうだ・・・・・・! ・・・・この、記憶は・・・・・『邂逅の門』・・・・? 何だそれは、私はそんな事は知らない。なんなんだ、これは・・・人類・・・!) 整理など到底出来る筈など無く、英翔の意識はあっさりと吹き飛んだ。 暗い闇の中で、意識までもが暗い底へと暗転してゆく。 夢うつつに、さらに別の記憶が頭の中に入ってくる。 過度にフラッシュが焚かれたような、白い万緑。 その眩しい日差しの中を、元気そうに駆け回る二人の少女。 『お姉ちゃん、待ってよー』 『あはは、ここまでおいでー、結ヱ!』 『もう、お姉ちゃんてばーーー!」 夏の季節。 精一杯に生きた、二人の少女の軌跡。 だが、それはすぐに水面のように霞んで消えていった。 (これは―――――・・・霧恵さんの、記憶・・・・?) 寒い。体中に風が当たっている。 それに、身体に安定感がない。まるでふわふわと浮いているみたいだ。 まるで黒い天使と闘った空に、まだ浮いている・・・・。  現な頭が、一気に覚める。 英翔の目の前には、近すぎる月があった。風も強い。 首だけを動かして、なんとか下を見る。 そして英翔は、自分が空の上で寝ていることを知った。 もちろん、浮遊のため展開していた反重力は無くなっている。 だが、事実自分はこの空の上に依然浮いていて、あまつさえ寝てしまった。 『目が覚めた―――――――――?』 起き上がり、声がした方に英翔は振り向く。 足下に、再び反重力を展開する。 見据えた先。 そこには、すっかり肉体の再構築を終えた黒い天使の姿があった。 月を背に、純白の翼を存分に輝かせている。 神々しささえ孕んだ、異様な存在感。 「わざわざ、目覚めるのを待ってくれていたのか――――」 畏怖せずにはいられない、生物的な圧倒的強さ。 体が自然と、武者震いする。 黒い天使の姿が、霧のように揺らぐ。 軟体動物のように、ぐにゃぐにゃと、体を蠢かせる。 そして、それは次第に人の形を模っていった。 数十秒もしない内に、黒い球体の体躯から、完全な人間へと変化する。 その姿に、英翔は絶句した。 『こんな趣向はどうかね?英翔」 「まさか・・・・・・父上・・・?」 既に、四年前に他界したはずの父の姿だった。 「・・・・なるほど、他人の記憶を吸い取って、得た情報から変身できるのか。霧恵さんのアパートに押しかけてきた高屋らしき人物、  まさか変身した黒い天使だったとはな」 『御名答、さすがは私の子だ。黒咲を継ぐには充分な素質。満足だ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・それと、あまり父上を汚すな」 父親の姿を模した黒い天使に、英翔は初めて殺気を向けた。 押し寄せる波に、一瞬黒い天使は驚く。 『ほう、この父を二度もその手で殺すというのか・・・・お前は』 「黙れ!!」 英翔は問答無用で間合いを一気に詰めると、その懐に飛び込み、エクス・カリバーンを振るった。 疾風の如き速度で振るわれた剣先は、父を模した黒い天使を斬るには至らなかった。 足の裏で、剣撃を受け止められた。 『まだまだ甘いな・・・・言ったはずだ。闘うときは躊躇するな、さすれば死が貴様の身を喰らおう。と』 「貴様・・・!俺の中の、父上の記憶を勝手に貪るなあ!!」 怒りにかられ、英翔は力任せに剣を振るう。 だが、それは虚しくも虚空を斬る。 どんなに速く、的確に打ち込んでも、軽く身を翻され、かわされる。 全く、当たらない。 『・・・英翔、どんな相手にも全力を尽くせ。例えそれが、己が父親の幻影だったとしても。でなければ貴様は敗北を知る』 「ほざくな!貴様なんかに、父上の姿を纏っただけの、お前なんかに、絶対に負けない・・・!」 エクス・カリバーンに内包された内気を、そのまま無加工で撃ち出す。 純粋な霊的エネルギーの塊。直撃すれば、人間の魂はひとたまりも無く肉体から引き離される。 だが秒速数キロメートルで撃ち出されたはずのそれさえも、姿勢も崩さずにひょいとかわされてしまう。 格が、違う。 そう感じてしまう。 『なるほど、霊的エネルギーである内気で編まれた私の肉体は霊的破壊力に優れた攻撃に弱い。考えたな英翔。  だが、私を確実に殺すには『凶つ血』のような専門の魂殺しでないと不可能だぞ?』 「五月蝿い・・・すぐに叩き落してやる」 『そうか、ならこちらもそろそろ攻めに出るとするか・・・・・・覚悟はいいか?』 「え・・・?」 気付いた瞬間には、遅かった。 胸に真芯に、熱い痛みが走る。 見ると、胸骨のど真ん中に、一本の杭が刺さっていた。 銀製の、二十センチはあろうかというほどの長さである。 それが殆んど半分まで、胸に突き刺さっている。 血が、喉の奥から逆流してきた。 堪らず吐血する。 続けて繰り出された攻撃も、容赦なかった。 胸の真ん中に突き刺さった杭を皮切りに、次々と投擲してくる。 そして、そのほとんどがことごとく命中する。 あっという間に、英翔の体の至る所に杭が穿たれた。 英翔の父は、賢種の中でも特に優れた戦士だった。 魔を祓う銀製の得物を好み、羅種の鬼族でさえその実力に恐れおののいた。 周囲からは、希代の『鬼殺し』として、尊敬の眼差しを集めていた。 そして、その背中を自分はずっと追っていた。 いつかは、それを追い越すのだと気張っていた。 「うあっ・・・・がはあっ!」 体を埋め尽くさんばかりに穿たれた杭の痛みに、英翔は呻き声を漏らす。 少しでも気を抜けば、すぐにでも意識が飛ぶ。 『まだそれだけでは終わらんぞ。そら―――』 それに追い討ちをかける、黒い天使の声が聞こえた。 そして、体中に突き穿たれた杭が――――――爆発した。 肉体が、外と内から同時に爆ぜる。 肉が飛び散り、その下にある骨と五臓六腑をさらけ出す。 血が、一瞬にして致死量分以上噴出して行く。 意識は、完全に途絶えた。
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