風が一陣、吹き荒んだ。
周囲の空気は、再び始まる戦いに緊迫している。
英翔は、上空に佇む内藤とルシータを見据え。
御老公は、周囲を囲んでいる黒衣の髑髏面達に目を配らせていた。
今度は、誰が戦いの火蓋を切り落とす。
誰が。
「せやあああああああ!」
怒号が、空気を裂いた。
火蓋を切ったのは、今度は英翔だった。
雄叫びと共に、英翔は屋上のコンクリート床を蹴り、跳ぶ。
その衝撃に床は破砕し、破片が巻き上がり、それと共に彼は空へと向った。
「撃ち落せ、ルシータ」
「しかし、マスター・・・・」
「いいから早くしろ!奴を叩き落すんだ」
「・・・・・了解しました」
一瞬、ルシータの機械的な表情が揺らぎ、そのしたの感情が合い間見えた。
だがそれは、内藤の苛立った命令にすぐに掻き消される。
内藤にとって、彼女の存在はまさに道具そのものだった。道具が、持ち主に逆らうことなど許されない。
「だあああああああ!」
英翔は咄嗟にサムライソードを峰で構えると、そのままルシータに斬りかかった。
刃が、ルシータの胴へと疾駆する。
だがその刃は、あと一歩手前というところで、見えない壁に阻まれた。
その壁に触れた途端、青白い火花が散り、サムライソードは凄まじい反発力に弾き返される。
勢いを失った英翔は、そのまま重力に引き寄せられ、地へと傾いでいく。
「さようなら、エイショー・・・」
「まだだ!」
落下する英翔に、ルシータは哀れみを交えた別れの言葉と視線を向けた。
しかし、彼はまだ諦めてはいなかった。
すかさず腰に手を伸ばすと、エクス・カリバーンを引き抜く。
すると、英翔の足下を紅い光が包んだ。
落下が止まる。
英翔はエクス・カリバーンの内気を、自分の足に反重力として展開したのだ。これで、ルシータや内藤のように空中戦が可能となる。
だが、それは諸刃の剣だった。
「ぐっ・・・!?」
口の端から、一筋。血が滴った。
エクス・カリバーンの内気は、体内で発生させる変換式の内気と違って、身体にかける影響が少ない。
だが、全く無いわけではないのだ。
その、たった少しの内気が、体内の均衡を崩し、病状を進行させてしまう。
それに、内気による霊的防御ができない英翔には、エクス・カリバーンを使うだけで反動が押し寄せる。
いつもは自分から溢れてくる内気により、エクス・カリバーンから溢れる内気の衝撃から身を守っていたが、今はそれがない。
英翔は、内気による均衡の崩れと、エクス・カリバーン自体の反動に苦しめられることになるのだ。
だが、それでも戦わねばならない。
誰も、死なせない。
味方であろうと、敵であろうと、守ってみせると言った。なら、自分はそれを貫く。
霧恵も、ルシータも、救ってみせる。
サムライソードとエクスカリバーンを構えながら、英翔は空を翔けた。
だが、接近を許さんとルシータは英翔に向って“力”を放った。
目には見えない、“力”の波動。
「!? ぐああああ!」
英翔は、それの直撃を受けてしまう。
何とか姿勢を保つことは出来たが、知覚できない、不可視の一撃に当惑する。
その攻撃からは内気が感じられなかった。
彼女自身から内気が感じられないのならば、内気を有した攻撃が放たれることはありえないと分かっている。
だが、あのような一撃は、内気を伴わない攻撃では有り得ない威力と特性だ。
偽神葬具という線で考えても、彼女が何も構えていないこと、そのような偽神葬具の存在を英翔が知らないことから考えれば、有り得ない。
ならば、あの攻撃は一体何なのか。
霧恵の『翼』の攻撃を受けた時もそうだった。彼女は、あれほどの内気の塊を、何の苦も無く消して見せた。
それに、あの“息子達”と呼ばれる黒衣の髑髏面達の、奇妙な金縛りの力。
あれからも、内気は感じられなかった。
捕縛用の偽神葬具ならば、大掛かりな装置も必要になる。だが、そんな物は無かった。
ならば、彼女達のあの“力”は一体・・・・。
そうこう考えている内に、ルシータが第二波を放ってきた。
しかし、軌道の読めないその攻撃を避ける術は、英翔には無かった。
「うわあああ!」
まるで、爆発が通り過ぎているかのようだった。
衝撃の波が取り囲み、四方八方から袋叩きにして、通り過ぎていく。そんな感じだった。
「エイショー」
「な、何だ・・・」
二発も目に見えない衝撃波の直撃を喰らい、足下が頼り無くなってきている英翔に、ルシータは話し掛ける。
病魔と戦いの傷は、見かけよりも酷く英翔を苛んでいる。
「早く、私だけのエイショーになりなさい。そうすれば、直ぐにでも助けてあげる」
先までの機械的な表情とは打って変って。
狂気的な偏執の表情を浮かべたルシータは、英翔へと手を差し伸べた。
この手を取れば、すぐにでも攻撃は止めてやる、ということなのだろう。
だがその手だけは、死んでも選ぶわけにはいかない。英翔が選ぶべき手は、彼女の手ではないからだ。
「それは・・・・本当に君の感情なのか、ルシータ」
「え?」
予期せぬ質問に、ルシータは眉をひそめる。
「君はただ命令されてそう言っているだけじゃないのかって、聞いているんだ」
「ど、どうして・・・・そんなことを、言う・・の?」
その問い掛けに、震える声でルシータは横に首を振った。
何故、貴方が私にそんなことを言うの。
どうして、そんな私を突き放すようなことを言うの。
信じられない、といった表情で、英翔を見つめた。
「違う・・・・それは違うわ・・・エイショー」
「でも、内藤さんの命令を聞いて、ただ動くだけの君を見ていると・・・そう思ってしまう」
「どうして?ねえ、エイショー。何で貴方は、そんな酷いことを言うの・・・・!!」
突如、英翔を衝撃が貫いた。
ルシータが放った、あの不可知の衝撃波だった。
それは、一撃では終わらなかった。
ルシータは狂ったように次々と衝撃波を繰り出しては、英翔に叩き付けた。
その威力は、先ほどよりも強い。そんな衝撃波の嵐に晒され、英翔は襤褸切れのように吹き飛んだ。
展開した反重力により、落下だけは何とか免れる。
「どうして、そんな酷いことを・・・・」
衝撃波を撃ち終え、ルシータは涙を流しながら呟いた。
英翔はそれを、全身から血を流しながら聞いた。
泣いている。
か弱く、幼い彼女が・・・泣いている。
痛みは、無かった。心が、痛かった。
自分の弱さの為に、彼女には辛い思いをさせてしまった。だけど自分には、その悲しみを晴らす術はない。
それが、どうしようもなく痛かった。
立ち上がる。
身体は至る所が出血し、起き上がろうとすればすすり泣く。
だが、今はそんなことに構ってはいられない。
展開した反重力を足場をしっかりと踏みしめながら、立ち上がった。
「・・・でも、君の気持ちがどうであっても、私の決意は変わらない」
出血だけではない、病魔も、いまや身体を着々と蝕みつつある。
何時まで持つか、分からない。だが、立ち上がるのだ私は。
「君は、自分の存在のために私を求めているだけだろう?」
「!?」
「でも、私は違う。私が誰かを求めるのは、自分の存在のためじゃない。自分が心から思ったことだからだ。それ以外に理由はいらない」
「嘘よ!貴方は一人で死ぬのが怖いから、そばに誰かいて欲しいから、あんな女を選んだだけよ」
「違うんだ、それは。私が彼女に最後まで傍にいて欲しいと思ったのは・・・・自分が死ぬと分かった時よりも前から、彼女が好きだったからなんだ」
「じゃあ、私は何なの・・・?」
「それは――――」
「弱い貴方の背中を押した私は、私のこの思いは、一体何だったというの?この想いが自分の存在の確認のために抱いたものだとしても・・・それでも、
私がこの胸に感じた気持ちは、確かな真実よ、貴方はそれをどうしてくれるの!?」
彼女の言っていることは正論だ。
確かに、どんな理由であろうと、彼女が私を求めたというその想いに偽りはない。
だけど私には、それをどうすることもできない。
「その気持ちは・・・・君の胸の中に埋めておいてくれ、永遠に」
「そんなの答えになってない!」
その叫びに乗って、衝撃波が英翔を襲う。
もう限界に近い英翔の身体は、その前に力無く弾かれる。
だが、今度は倒れなかった。
ふらふらになり、今にも倒れてしまいそうだが。
確かに、立っていた。両の足で、自分の身体を支えていた。
逃げるな。
心の中で反芻し、強く噛み締める。
「君が私に、それほどの気持ちを抱いているように・・・・私もまた、霧恵に、強い想いを抱いている。だから、分かってくれ」
「・・・・嫌よ」
「ルシータ、頼む――――」
「そんなの、絶対に嫌!そんなに簡単に割り切れるのなら、私もこんなに苦しまないわよ。割り切れない、この胸の気持ち、貴方にも解るでしょう?」
「・・・・・ごめん」
ただ、謝るしかなった。
自分は、最低だ。最低の男だ。人一人の気持ちを―――いや、人生を弄んだも同然だ。
反吐がでる。偽善的な自分に。
でも、それ以上に。言葉では言い表せないぐらいに、今は霧恵が愛しい。
風船が、割れるような音を聞いた、それは酷く乾いていて、遠くまで響く。
その音が何だったのか、最初は解らなかった。
だが、次の瞬間。
身体を貫いた激痛に、嫌でも気付かされた。
「があっ・・・!」
胸の真ん中に、紅く、大きな穴が穿たれた。
それは、大口径の弾丸特有の、滅茶苦茶に噛み裂いたような、粗い傷口だった。
全てがの景色が、デンプン糊のように、どろりと、鈍重に、濃厚に流れる。
胸からは、まるで秋の到来を告げるような、真っ赤な紅葉にも似た鮮血が吹きだす。
それが、空に雨のように広がり、地上に注ぐ。
英翔はごく自然に、ゆっくりと後ろに倒れた。
足下の反重力は消え、重力に任せて落下する。それすらもスローモーションで、まるで実感が無い。
ああ、このまま自分は遥か眼下のアスファルトに激突して、脳挫傷でも起こして死ぬのだろうか。
死ぬ―――――。
駄目だ。
心がそう叫んだ、瞬間だった。
「あだっ!?」
後頭部に、まるで強烈な右ストレートを喰らったかのような衝撃が走る。
あまりに痛さに、少し意識が遠のきかけるが、痛さのあまりにすぐ目が冴える。
どうやら自分は、どこかの結構な高さのあるビルの屋上にでも落下したのだと推測した。
その証拠に、周囲には建築物が見えない。蒼い、空が、ただ延々と続いている。
このあたりは比較的に普通の家屋が多いので、都心のように見上げればビルばかり、という状況は無い。
屋上に落下し、倒れこんだまま、英翔は空を見上げた。
ビルの屋上は、やはり風が強い。高いところは好きだが、こうも風が強いと肌寒くていけない。
それに、この屋上にこうして佇んでいると、東京での戦いが思い出されてしまう。
コウタカとの一戦。
あの時も、このような高いビルの屋上だった。周囲には何も無く、見渡す限りの青空。
「エイショー!」
見ると、ルシータが急いで降りてきた。
その姿が今から英翔の魂を、別の世界へと連れて行ってくれる天使のようで、死神のようでもあった。
ルシータは屋上に降り立つと、脇目も振らずに英翔へと駆け寄った。
「大丈夫!?死んでいない、エイショー!」
そうか、彼女は私のことを誰よりも欲している。
だから実力行使のために私を傷付けることはあっても、決して私を殺すつもりは無いのだ。
じゃあ、この弾丸は一体だれが―――――。
「どけ、ルシータ。邪魔だ。お前も一緒に撃つぞ」
そんな物騒なことを、ルシータと同じように空から舞い下りてきた内藤は言った。
彼の目から、その言葉がいかに本気なのかがうかがえる。もはや、常人のそれではなかった。
微かに血走り始めた目は、既に狂人の域へと足を踏み込もうとしている。
だが、まだ完全に踏み込んではいない。
人としての人格を保てるか、保てないか、そのギリギリのラインに、いま彼は立っているのだ。
「“刻印”を刻んだ弾丸を使う、お前も巻き込まれるぞ・・・」
「・・・・退きません、マスター」
「なに?」
その、有り得ない反抗に、内藤は歯軋り交じりに問い返した。
「今のは、聞かなかったことにしておいてやろう・・・。もう一度言う、退け。死ぬぞ」
「・・・・嫌です、マスター」
そのたった一言で、内藤の怒りは沸点に達した。いや、沸点なんてものではない。
原子さえも融解させそうなほど、内藤は激昂した。
構えた銀の大型拳銃を振りかざすと、その銃床でルシータを乱暴に殴り倒した。
苦悶の声を洩らしながら、ルシータは倒れた。
「道具の分際でこの私にたてつく気か!良いだろう、望み通り黒咲諸とも吹き飛ばしてやる!!」
かきん、と容易くトリガーが引かれた。
撃鉄が振り下ろされ、銃口からはマズルフラッシュと共に弾頭が飛び出す。
あの、文字がびっしりと記された、異様な弾丸。
それは着弾すると、先と変わらない大爆発が巻き起こる。
破片が舞い上がり、赤い炎と黒煙が立ち昇る。
そんな大爆発を起こす弾丸を至近距離で撃ったのにも関わらず、内藤は健在だった。
かすり傷一つ無いどころか、スーツに煤すら付いていない。
内藤は、燃え盛る目の前の劫火を無言で見つめた。そして、ポケットから一つの巻物を取り出し、その火中へと投げ捨てる。
既に使用済みの、偶像写経。
彼は、少なくともあと五本の偶像写経を懐中に忍ばせている。よほどのことが無い限り、殺されることはありえない。
「悪く思うなよ、これも正義のため・・・・・」
英翔とルシータを焼き尽くしているであろう炎の渦に向かって、誰とでもなく呟いた。
乾燥した秋の空気は、良く燃えた。
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