「黒咲、お前には悪いが・・・・・・・ここで死んでもらう」 神託を思わせる、冷徹な声が響く。 静寂の中響くその声音は、今はもう英翔の知っている内藤の物ではない。 (何人だ・・・・!) 先の一閃の光景に未だ震える霧恵を抱き締めながら、室内の隅々にまで密かに視線を巡らせる。 窓を割って室内に飛び込んできた襲撃者は、計六人。それぞれが不気味な髑髏を模したヘルメットを被っている。 どの襲撃者も似たような体格だが、分厚い黒衣を纏っていても見てとれるほどの屈強な体躯であると分かる。 恐らくは、弱体化した自分と、それほど大差のない身体能力を有しているだろう。 誰もが、その始まりを掴めずに、ただじっと立ち尽くしている。 少しでも誰かが動けば、それが合図となり、激動する。 だが下手に動けばそれが致命的な隙に繋がってしまう。御老公一人だけならこのような状況を潜り抜けることは容易だろうが、そういう訳にもいかない。 着々と病魔に蝕まれつつある足手まといの自分と、恐怖に慄く霧恵。 二人を庇いつつ、この状況を打破するのは、ほぼ不可能に近い。 いくら御老公が俊足を極めていても、未知数の相手を一瞬のうちに片付けようとするなど、無謀すぎる。 「チェックメイト」 その呟きにより、極限まで張り詰め、緊迫した空気は、いとも容易く破られた。 「残念だったな、黒咲、哉原・・・・」 内藤はスーツの懐から、悠々と一丁の拳銃を引きずり出した。 四十五口径はあろうかというほどの、大型拳銃。鈍く光るステンレス・スライドが、内に湛えた狂気を隠している。 バレルは異様に長く、うっかりすればサブマシンガンと見紛うほどだった。 それを、内藤はその銃口を、御老公の眉間へと据えた。トリガーを引けば、何時でも殺せる。 「ぐッ・・・・!何じゃ、これは・・・!?」 「体が動かないでしょう?これがこの“超常種”の持つ超常の力なんですよ、御老公。流石の貴方でも知らなかったでしょうね」 指先すら動かせず、御老公は歯軋りした。全身には筋肉が破裂せんばかりに力を篭めているのに、全く一分も動かない。 その姿を見下し、内藤はそれを鼻で嘲嗤う。 「ご、御老公に何をした・・・!」 問い詰める英翔に、内藤は侮蔑を交えたような目で見つめ返した。 いま英翔には、御老公と同じように、目に見えない力が掛かっている。それは英翔を押し固め、足を地面に縛りつけ、筋肉の一切の自由を奪っている。 金縛りにあった状態だ。 英翔は必死に内藤を睨みつけた。何故こんなことをするのか、解らなかった。解りたくもなかった。 力無く、動くことすら侭ならない英翔を、さも愉快といったように内藤は更に嗤う。 そして、一言。 「教えてやれ、ルシータ」 「!?」 自分の心臓が、まるで耳の中にあるかのように、鼓動が聞こえた。 内藤が、何故彼女の名前を口にしたのか。何故、彼女の名前を知っているのか。 自問ばかりを繰り返す。 本当は、全部もう解っているくせに・・・・。 「ねえ、エイショー・・・?」 動けない英翔の頬を、よく知った手の平が撫でた。 知っている。 この、白く華奢な、小さな手。 あの時、うなされていた私の額に当てられた、あの手。 「うわあああああああ!」 思わず、叫んでしまう。 どうして叫んだのか、自分でも解らずに叫んだ。 迷いか。 恐怖か。 それとも・・・・・・。 怒りか。 絶叫は、壁に反射しただけで全て虚しく霧散する。 あれだけの慟哭にも関わらず、身体はまだ言う事を聞いてくれない。 「可哀想に・・・・怯えているのね、エイショー。大丈夫よ、私が守ってあげる。全てから、どんな苦痛からも――――死からも、守ってあげる」 幼い腕が、そっと。ゆっくりと、英翔の首に回される。 あんなにも美しく綺麗に見えた、彼女の白い肌。だが今は、こんなにも不気味に、蒼白――――。 絞められる。瞬間、そう思った。 だが、絡められた腕は撫でるように、英翔の頬を、首を、肩を、這いなぞる。 「コワイモノなんて、感じずにすむのよ。貴方が、その女ではなく、私を選べば―――――今すぐにでも・・・」 「やめろ・・・触るな・・・」 「さあ、貴方の心を開いて。私を、その中に受け入れてちょうだい」 「来るな、私の中に・・・・来るな・・・・!」 白い手が、入り口を探す為に這いずり回っている。 微かな隙間も見逃すものかと、軽く爪を突きたてながら。 不快な感触が、神経を凍えさせ、心までも蝕んでいるかのようだ。 「 あなたなんかに、英翔さんの中には絶対に入らせない 」 不意に発せられた、殺意を地金にした言葉。 その突然の介入に、英翔もルシータもはっと硬直する。 英翔は金縛りにあっているので、元々身体が動かないのだが。改めて、身が強張った。 抱き締めた霧恵の背中から、『翼』が具現した。 二対の、漆黒に染まった極負の感情の塊。濃密な内気を撒き散らし、周囲の空気は死んだように澱む。 霧恵は、抱きかかえている英翔の腕を押しのけ、身を乗り出した。 その様は、クロアゲハが羽化すかのような生の蠢き。そして、堕天使のような死の胎動を孕んでいた。 そして英翔の背にいる、ルシータを見据える。 向ける眼差しは、普段の温和で心優しいものとは、かけ離れていた。 ただ純粋の、“殺す”という意思を全面にぶつける、狂気と紙一重の位置にある目。 「・・・退いて。貴女は英翔を拒んだんでしょう?怖かったんでしょう?手離したんでしょう?なら・・・・今更自分だけのものなんて、言わないで」 「殺すよ?」 「エイショーが悲しむわよ」 「・・・・・・」 だがルシータも負けてはいなかった。 同じ男を思う者同士、決して退く事など無い。兇人の境地に立ってでも、諦めない。 渡さない。絶対に。 たとえ、この命と引き替えにしたとしても――――。 「英翔さんが悲しんだとしても、怒ったとしても。退かないのなら、私はあなたを殺す」 「じゃあ、私も貴女を殺してあげる・・・・・」 狂気と兇気の鬩ぎ合い。 その狭間で、英翔は無力に足掻き続けるしかなかった。 体躯の一切の自由を奪う金縛りは、とても一筋縄ではいかない。 「ルシータ、何を無駄話している。さっさと黒咲と初塚霧恵を確保しろ」 内藤は何やら話し込んでいるルシータをたしなめた。 彼が構えた銃口の先では、先ほどと変わらず、御老公が青筋を隆起させながら憤怒していた。 だが、ルシータとその“息子達”の抑えが効いているので、身動きは取れない。 「了解しました、マスター」 そうしてルシータは、全ての感情をしまった。 先までの向き出すような感情は、まるで嘘だったかのように、表情は色を無くした。 ただ一人の人間から、たった一つの道具へと自分を挿げ替える。 そのあまりの変貌に、霧恵は当惑する。先ほどまでの強気で挑戦的なルシータの態度が、一瞬にして一変した。 「そこまでだ、悪党!」 あまりに。 あまりに場違いな台詞と怒声が、響いた。 その場にいた全員が、その突飛で古典的な台詞回しに拍子抜けする。 「とう!」 店の引き戸がコンクリートの壁ごと吹き飛んだ。 一番引き戸の近くにいた内藤だったが、すかさず割り込んだ黒衣の髑髏面達に囲まれ、難なく逃れる。 「大丈夫か、英翔君、御老公!」 「や、山田先生!?」 突然の闖入者に、英翔は目を丸くした。 壁を破壊した埃の中から颯爽と参上したのが、昔の自分の師。しかも、明らかに一人だけテンションが可笑しい。 先ほどまでのシリアスは何処へやら。まるで、肩透かしを食らったかような気分だ。 「斬り捨て御免!」 そう言うが早いか、山田は草臥れたスーツのポケットから二丁の小型拳銃を取り出した。 スライドがシルバーとブラックの対照的な、グロック26のカスタム・ガン。 その銃口を、英翔の背後にいるルシータへと向けると、すかさず素早く弾丸を二発叩き込む。 乾いた発砲音が劈き、薬莢が鈴の音を上げて転がった。 「ちっ、山田次郎か・・・!」 だがその弾丸をルシータは軽々と避け、英翔から離れる。 その際に、ルシータは舌打ちしながら、山田の名を呟いた。 山田次郎。KOTRTの一期メンバーで、大乱獲の際に六つの別脈種の集落を壊滅させた凄腕だ。 彼の特筆すべき点は、賢種にも関わらず、錬精術を使わない戦闘スタイルをとっているということ。 賢種にとって錬精術は、無くてはならない物であり、それを使わない戦いかたなど、考えられない。 流石に偽神葬具は扱うようだが、それでも賢種が錬精術を使用しない戦闘を主にするなど前代未聞だ。 ルシータは、頭の中に叩き込んであるKOTRTメンバーの情報を、改めて思い出していた。 「御老公、動かないで下さいね!」 ルシータを牽制すると、山田は目標をすぐさま変更する。 それは、御老公を隔てた向こうに居る内藤と、それを囲む黒衣の髑髏面たち。 そこに向って山田は、マガジン内に残った全ての弾丸をぶちまけた。 内藤の盾となるべく立ちはだかった髑髏面たちに、次々と着弾し、そのさいに血の霧があがる。 だが、それは全て急所を外した狙いだった。 弾丸を穿たれると髑髏面たち六人は全員、もんどりうって転倒し、昏倒した。 「くそっ!ルシータ、私を守れ!」 「了解しました、マスター」 焦った声で内藤が呼ぶと、機械的な返事と共にルシータが内藤へと駆け寄った。 「おっと、動くなよ内藤君。痛い思いはお互いしたくないだろう?」 山田は、撃ち終えたグロックを捨て、新たに取り出した短刀を構えていた。 それは昔、英翔も愛用していた凶つ月の贋作。黒天翔。 凶つ月を真似ただけの紛い物だが、偽神葬具としてバランスは高く、奇術師にも広く使用されている。 「五月蝿い・・・この化け物の分際が・・・・!」 盾となっているルシータの肩越しに、銃を構えながら内藤は吐き捨てた。 その向けられた銃口を見て、山田は驚愕の表情を浮かべる。 「みんな伏せるんだ、早く!」 「死ね」 引き金が、絞るように引ききられた。同時に撃鉄が弾丸を叩き、火を吐き出しながら弾頭が飛翔する。 素早く進退したスライドから弾き出された薬莢と、放たれた弾丸には、刻印が刻まれていた。 まるで、人間の目のような、無気味な円陣が、とても細かに。 爆ぜた、何もかもが。 弾丸は山田達を通り過ぎ、壁に着弾したかと思うと、それは信じられない威力をもった爆風を巻き起こした。 小さな弾丸が巻き起こすには、あまりに大きすぎる爆発だった。 炎と衝撃波はコンクリートや床、テーブル、椅子、何もかもを薙ぎ倒し、灰燼に帰した。 英翔が構えた店、all thingsは、たった一発の弾丸によって、たった一瞬で、爆散してしまった。 唸る炎が、全てを灰に変えていく。 「ああ・・・・あと少しで、創業五周年だったのに」 山田の場違いなテンションが伝染したのか、燃え盛る我が家兼店を見つめながら、英翔は一人ごちた。 あの爆発までの間の一瞬に、英翔たちは無事店内からの脱出に成功し、向かいのビルの屋上に何とか難を逃れた。 「あいたた、流石に三人も一気に運ぶと、腰と肩にくるわい・・・」 それは、やはりこの御老公の人ならざる身体能力のおかげだろう。 山田が髑髏面達を気絶させたことにより、英翔と御老公にかかっていた金縛りが解けたのだ。 そして爆発の寸前、御老公がその場に居た全員を抱えて飛び出したと言うわけだ。 「大丈夫ですか、霧恵さん?どこか痛いとか、ありませんか?」 「は、はい。無事です・・・」 瞬くよりも速く、自分が何時の間にか向かいのビルの屋上に移動していることに彼女は動揺していた。 英翔でもコマ落としにしか知覚できなかったのだ、霧恵にはまさに瞬間移動のように景色が変わっただろう。 「それにしても山田・・・お主、戦闘の時ぐらい落ち着かんか。あんな酔狂な台詞で戦場を掻き回されては堪らん・・・」 「いやあ、すいません。最近の癖でしてね」 「あの山田先生」 「ん?どうしたんだね英翔君」 「その、結ヱさんは?」 「彼女なら無事だ、私が安全な場所に匿ってある」 それを聞いて、一先ずは安心した。 結ヱさんの安全が確保されれば、こちらも心が軽い。 より、戦いに専念できる。 「・・・・英翔さん、この方は?」 「そういえば、霧恵さんは知りませんでしたね。この人は山田次郎さんといって、私の師でもあるんですよ」 「お師匠さんですか」 山田を物珍しそうな視線で見つめていた霧恵に、英翔は丁寧に説明した。 山田が英翔の師であると知らなかった彼女の目には、先の山田の参上はさぞ奇異な光景に映っただろう。 今は感心そうに頷きながら、山田を見つめてはいるが。 「まだだ、これからだぞ!!」 その声に、英翔たちはみな空を仰いだ。 見上げれば、そこに居るのは内藤だった。 信じ難いことに、彼は宙に悠然と浮いていた。スーツが、上空の風に靡いている。 「黒咲、山田、御老公・・・・!戦いは、これからだ」 すっと、内藤は手を挙げる。 それが合図だった。 内藤の挙手と共に、周囲の連なる家々の屋根に、突如として黒衣の髑髏面たちが現れた。 その数は、十や二十ではきかない。下手すれば、百人近く居る。 囲まれているとは承知していたが、まさかこれほどの人数が潜んでいたとは。 先ほどまでの間延びた空気が、一気に引き締まる。 「ルシータ」 「はい、マスター」 宙に佇む内藤の背後から、陰のようにルシータが姿を現す。 先から変わらぬ無表情で、本当に機械のようだった。 「“息子達”全てに命じろ・・・・・奴らを、皆殺しにしろとな」 「了解しました、マスター」 ルシータは、“息子達”に『話し』かけた。 頭の中深く響く、ルシータの幼い声音。 それは、全ての髑髏面達の頭の中だけに届いた。 「コロセ・・・・・・」「・・・・アイツラ、コロセ」「・・・・・・・コロセ、コロセ」 「カアサン、ガ、イッテル・・・・・」「コロセ・・・・コロセ・・・・・コロセ」 その声を聞き、髑髏面達は口々に呟いた。 無機的な、抑揚などまったく無い声。 その百近い囁きが、英翔たちを取り囲む。 「何なんだ、こいつら・・・」 「人にして人を外れたる、異形にして異能の者たちの囁きか、醜いのう」 そのおぞましい声の渦中で、英翔と御老公は気色が悪そうに言った。 「では、儂が内藤諸とも全て一気に片付けると―――――」 「待って下さい、御老公」 「・・・何じゃ、英翔」 「ここは、私が内藤さんを相手をします。御老公は周囲の雑魚を」 「お主、儂に刃向かう―――――」 「まあまあ、良いじゃないですか御老公。英翔君も真剣なんです。ここは老いて朽ちる者同士、若い者の行く末を邪魔をしてはいけませんよ」 山田が、御老公と英翔を宥める。 御老公は英翔の態度に、かなり憤っている様子だ。確かに、英翔が御老公にこんな一方的な態度をとることは珍しい。 根が真面目なぶん、不器用だな。と、山田は胸中で微笑んだ。若さゆえの愚直さ。昔の自分にそっくりだと、心底思う。 「私が内藤さんと、ルシータと戦います。御老公も山田先生も手出しは無用です」 「だからお主、儂の話を―――――」 「わかったよ英翔君、私たちは仲良く雑魚の相手をしているよ」 むきになって言い返そうとする御老公の口を塞ぎながら、山田は了承する。 そんな師の優しさに、英翔は頬の筋肉を僅かに緩めた。 「山田先生は、出来れば霧恵さんを守っていてください。相手はまだ未知数です、気は抜けません」 「わかったわかった。じゃあ、御老公、頼みますよ?」 「全く!最近の若いもんときたら・・・。まあ確かに、その若さも悪くは無いがな」 渋りながらも、御老公は何とかわかってくれた。 「では、いきましょうか」 英翔は、腰に手を伸ばした。 そこには、エクス・カリバーンとサムライ・ソードが差し込まれている。 サムライ・ソードの方を選ぶと、柄を握り、一気に抜刀する。 鞘から、光の尾を引きながら刃が姿を見せる。 続いて、御老公も腰に後ろに手を回すと、そこから抜刀した。 緋色の柄に卍形の鍔、三大偽神葬具として名高い、凶つ月。 それぞれの得物の刃が、鈍く光る。 構えると、英翔は毅然と空を仰いだ。 その視線の先には、内藤と――――――ルシータの姿がある。 柄を握る手に、自然と力が篭った。
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