「う、ん・・・・」
「あっ」
魘される様に寝返りをうった霧恵に、英翔は心配そうな手を伸ばす。
しかし、決して触れることは無い。
彼女の肩先にでも触れようとすれば、記憶の底からの叫びが、苛んだからだ。
『そんな口で、私に話し掛けないで下さい―――――!』
あの後、英翔と御老公は霧恵をall thingsの店内に担ぎ込むと、テーブル席の椅子をつなげて毛布を敷き、その上に寝かせた。
今は、彼女を一人で部屋に寝かせるなどということは出来ない。
いざという時、彼女は無防備になってしまう。彼女自身が人質などの目的で襲われる可能性さえある。
「ちっ、小癪な・・・」
「どうしたんですか、御老公」
カーテンが下ろされた窓の僅かな隙間から外の様子を窺っていた御老公が舌打ちした。
どうやら、状況は我々にとって芳しくないようだ。
「窓から見ただけで、何とも言えんが恐らくは“四方封障の陣”・・・僧会の市中包囲陣形じゃ。厄介じゃのう」
「ということは、敵は僧会の関係者?」
「いや、僧会の奇術師から智だけを聞いたものじゃろう。確かに陣形は四方封障に見えるが、稚拙すぎる」
「御老公は僧会の前・最高僧でしたよね。僧会の事象には詳しいはずです。でも、御老公には彼らのような存在を見聞きした憶えは無いのでしょう?」
「左様。儂には今でも勝手に僧会の情報が流れてくる。じゃが、その話の中にもこのような輩の噂は聞いたことが無い」
さらに言うならば、今英翔たちを囲んでいる者達は僧会の情報網にも掛からないということも言える。
僧会の目を掻い潜り、さらには僧会が編み出した戦術を知る術のある者たち。
この戦い。
もしかしたら、東京での事件より厳しくなるかもしれない。
シグルドリーヴァ、そしてその中でもチェルノボグは“ガンバレル”を解放しなければならないほどの難敵ではあったが、言い方は悪いが所詮は人間。
偽神葬具も無く別脈種に挑むのは、ただの自殺行為だ。
だが、今回は違う。
「しかし、あの妙な小娘にこれほどの味方がおったとはな。不覚。すっかり囲まれてしもうたわ」
「・・・御老公は、知っていたんですか?」
「何をじゃ?」
「私と、ルシータとの事を・・・・」
「・・・・・別に儂は人の生き方に口出しはせん。じゃが、これだけは言わせてもらうぞ」
御老公は改めるように英翔に向き直ると、まっすぐに目線を重ねて来た。
つられて、英翔も御老公に振り向く。
「お前が言うあのルシータとかいう小娘・・・。あいつは、ここ数日間ずっとお前の動向を探っておった」
「・・・なん、ですって・・・・?」
「儂と山田がお前を監視している時にな、気づいたんじゃよ。誰か他の者も見ているとな。それで探ってみれば――――――彼奴じゃったんじゃよ」
「そんな、まさか・・・だって彼女はまだ―――――」
「子供だから、とでも言うつもりか、英翔?ん?甘い、甘いのお、そんなことを言っとるようじゃ。良いか?敵と分かれば例えそれが家族でも、兄弟でも、
愛人でも、友でも、何者であっても・・・構わず殺せ。まあ、先の短いお主に言ってもあまり意味は無いじゃろうが」
ルシータが、人間でも別脈種でもない第三の存在であるということを認めることさえ嫌だった。
出来なかった。
現実とは、どこまで酷薄なのだろうか。
彼女が、自分の動向を探っていた――――――即ち、御老公や山田先生のように、私を監視していた。
「英翔・・・・割り切らねば、己だけでなく、親しきものが傷つくこととなる。それは、お主には耐えられんじゃろ。だから、殺せ。敵は」
「・・・御老公、私は絶対に人を殺したりはしません」
「お主、まだそんな戯言を――――――ッ!」
「でも、むざむざ殺されたりもしません!守ります、自分も、霧恵さんも、御老公も山田先生も、ルシータも!そうだ、誰だって死なせやしない。
敵も味方も誰も彼も。明日へと、生き残らせてみせます・・・!」
「ほほお、吼えるのお。昨日までほんの赤子だったお主が」
「ええ、誰も死なないなら、私は何回でも吼えますよ。咽喉が裂けようと、この身が砕かれようとも」
「ふっ、勝手にせい」
御老公は歳に似合わず、拗ねた様に再び窓の外へと視線を戻した。
だが、心の中では御老公は賞賛していた。例えどんな信条であろうと、それを貫く者は強い。
頑固者といっていいほどの一徹さを持つ英翔なら、きっと大丈夫だろうと踏んだ。
啖呵も、火蓋も、切って落とされた。
英翔は店のキッチンに向うと、その下から大きなトランクを引きずり出した。
これから海外に一ヶ月旅行に行くのかと思うほど、それこそ子供一人が軽く納まりそうな大きさだ。
その錠を、手際よく外し、蓋を開けた。
中にあったのは、あの東京の作戦時に使ったライト・ランドウォーリアー装備一式が入っていた。
あの蒸れて死にそうな思いをした、ダイバースーツのようなタクティカルスーツ。
だがこのトランクに入っているこれは、そういう排熱系統と、その他様々な問題点を改善した改修型だ。
それ以外にも、大振りなコンバットナイフが四本。さらに、シグ・ザウェル社のオートマチックが一丁と、予備マガジンが五本、それに箱入りの弾が二百発。
そのマガジン一つ一つに、箱から弾丸を取り出し、詰めていく。
一本の弾倉を銃本体に叩き込むと、スライドを引いてチャンバー内に装弾する。
ハンマーが倒れ、何時でも直ぐさま発射可能な状態。そんな状態でセーフティーをかけて、セットのレッグホルスターに収める。
これで、イザという時にホルスターから抜けばセーフティを解除することで何時でも発射可能だ。
このような、銃器や狙撃、爆弾やナイフといった近代的な戦闘は全て山田先生から学んだ。
彼は別脈種としての戦闘。つまり錬精術や内気を用いる戦闘よりも、銃器などの戦闘を重んじた。
それは一応、彼なりの戦闘経験からくるものらしい。
いま思えば、それは大正解だ。
「何をしておるんじゃ、英翔?」
「何って、戦いの準備ですよ」
「それは分かっておるわい。じゃが、拳銃や短刀なんかは要らんじゃろ」
「・・・いいえ、今の私には、これぐらいの武器しか使えません」
「まさか・・・・・癌か?」
「はい。どうやら私の癌は内気により変異しているらしく、今は何とか抗力と拮抗していますが、一度でも変換式を開けばどうなるか分かりません」
「つまり、癌と抗力の均衡が崩れ――――」
「ええ。恐らく、一度でも変換式を起動し、内気を使えば―――――私は、すぐにでも死ぬでしょう」
「なんと・・・」
淡々とする英翔だが、御老公は絶句していた。
無理もない、いくら英翔が死の際に立っていることを知っていたとしても、まさかここまでギリギリの場所だという事は想像もしなかっただろう。
全身を包み込む、ゴムのような質感のタクティカルスーツを着込むと、腰のベルトにガルボからの餞別であるサムライ・ソードを差し込む。
エクス・カリバーンが使えない今、東京での戦いでは多少役不足感が否めなかったこの刀でも貴重だ。
太股の、比較的上の位置にハンドガンが収まったレッグホルスターを着ける。
次に、スーツの上にさらにタクティカルベストを着込み、胸元のスリットにナイフを差し込んだ。
「・・・・・それにしても、遅いですね山田先生」
「そうじゃのう。奴にしては少々手間取りすぎておる。儂らの予想以上に敵が多いのかも知れん」
「大人数がこの周囲一体を囲んでいる――――か」
「山田はお主と同等なほどに甘いからの。おおかた無難なルートを探すのに骨を折っておるじゃろう」
「そうですね・・・」
御老公のさりげない嫌味に、英翔は苦笑する。
この弟子あってこの師あり、とは良く言ったもので、山田も英翔に負けず劣らずの不殺主義者だ。
例え敵が何者であろうと、どんな状況であろうと、決して殺そうとはしない。
思えば、英翔の信条も、山田のこういった姿に影響されているのかもしれない。
「ここは・・・・・?」
突然の声に、英翔も御老公も一様に振り向いた。
その視線はただ一点に釘づけになった。
霧恵が、目を覚ました。
まだ状況を把握し切れていないらしく、まだはっきりとしていない意識と目で周囲を見渡す。
自分が椅子を連結した仮ベッドに寝かされていたことに気づき、少しずつ頭の中で情報を整理していく。
そんな鈍重な姿を見かねた英翔が、割れ物に触るように、優しく話し掛ける。
「あの、大丈夫ですか霧恵さん?」
「あ、英翔さん・・・」
その最初の反応の、最初の言葉を聞いて、英翔は一旦胸を撫で下ろした。
起き抜けにまで霧恵に「近寄るな」などの拒絶のニュアンスの言葉を吐き捨てられるのではないかと、内心かなり不安だった。
だが、それは一応杞憂に終わってくれたようだ。
「私、どうしてこんなところに―――――」
そこまで言って、霧恵は気付いた様に言葉を詰まらせた。
どうやら、思い出したのだろう。
いま自分の置かれている状況が。
いま自分を取り巻く状況が。
「英翔さん・・・!」
「はい」
また、拒絶されるのか。
今度はもう、目の前から消えろとでも言われるのだろうか。そうしたら、私はどうしたら良いのだろうか。
初めて、あの縋り付くルシータの気持ちが分かったような気がする。
ここで彼女から拒絶されたら。
ここで彼女が私を突き放すのなら。
この先、私はどうやって生きていけばいい。
どうやって、明日に希望を見出せばいい。
分からない。想像したくもない。
彼女のいない明日など、生きていても何も無い。虚無のみが支配する、生きながらの地獄。
「英翔さん、その・・・・・ごめんなさい!」
「・・・・・ッ!?」
そう言って、彼女は頭を下げた。
英翔は泡食った様子で、手を右往左往するしかなかった。
何故、彼女が謝るのか。
謝るのは、私のほうだ。
彼女に、散々の酷い仕打ちをした。取り返しがつかないようなことも、した。
なのに、彼女は何故まだ・・・・。
以前と同じように、こんなにも必死に私に接してくれようとするのか。
思わず、抱き締めた。
あの東京での時のように。
もう一度、決意を新たに固める為に。
もう二度と、彼女をこの腕の中から離さないように、失わないように。
あの時と同じように。優しく、だが力強く。抱き締めた。
「あ、あの英翔さん、私、そのごめんなさ――――――っ」
「いいえ、それを言うのは私のほうです。霧恵さん。ごめんなさい、そして・・・・・・ありがとう」
「なんで・・・・なんでお礼を言うんですか、英翔さん」
「霧恵さんは、潰えていく私の中に瞬く唯一の光だった。だけど私は自らその光から目を背け、だれかが気付かせてくれるのを待っていた。甘ったれていたんです。
だから、貴方を傷付けるような結果を招いてしまった・・・。けれど貴方は、そんな私を今でも、嫌わないでいてくれる。ありがとう、本当に」
最後の言葉は、上手く言えなかった。
胸の奥底から押し上げてくる嗚咽が、舌を絡ませ、上手に言葉が紡げなくなる。
それでも必死に、精一杯に。伝えた。
この胸の中にある思いを、彼女に伝えた。
「私が、英翔さんを嫌うはずなんてありませんよ・・・」
霧恵の手が、英翔の背中へと伸ばされる。
そのか細く、白く、華奢な腕は。私の背中を放さまいと、必死に掴みかかった。
「だって、私は英翔さんをこんなにも――――――――――愛しているんだから」
生まれて初めての、告白。
心の底から愛しいと思い、焦がれる者へと伝えたい、心の中のアイをコトバにして。
「私もです、霧恵さん。もう貴方のいない朝も、夜も、人生も・・・・・先の無い私には地獄だ」
自分の中にある、卑怯で弱い自分を曝け出す。
そうだ、全て差し出そう。
彼女になら、私の弱い部分も、卑怯で汚い部分も、どんなココロの部分でも、見せられる。
私が彼女を信じているように、彼女もまた私を信じてくれているのだから。
心の中を全て見せても、構わない。
全て彼女に託しても、気にならない。
それでも、畏れることがあるのなら。
それは、たった一つだけ。
彼女を愛しいと思う気持ちに比例するよう、広がる。この恐怖。
「けれど、私は・・・・・・霧恵さんと共に歩ける時間は、とても、少ない・・・・。貴方を、すぐに一人にしてしまう」
「うん、私も怖い。でも、それ以上に―――――」
一瞬の、間。
意を決し、彼女は気持ちを言葉にする。
もう、何も隠す必要は無いんだ。
「それ以上に、貴方を失う怖さ以上に・・・・・・・・・英翔を、愛しているから。短い時間でも、ほんの少しでも、共に歩んでいきたいから」
「そうですね。失う怖さを畏れていたら、何も愛することは出来ない。そうですよね、霧恵・・・・」
涙が、一滴零れた。
英翔の頬を滑り落ちたそれは、引き寄せられるように地落ちると、弾けて消えた。
それが、この瞬間を祝福する小さな花火のようで。そして、儚く消える命にも似ていた。
「もう良いかのお、お二人さん?」
「「あ・・・」」
その声に、英翔と霧恵は気まずそうに振り向く。
そこには、たしなめるように咳払いする御老公の姿があった。
二人は、抱き合った状態から慌てて離れた。
そして、まるで学校の先生に怒られる生徒のように、身を竦めた。
「勝手に二人の世界に入るのは構わんが・・・・状況がな。分かるじゃろ?」
「は、はい。御老公」
「す、すいませんおじいちゃん」
あの惚気の間中、ずっと居心地が悪かったのだろう。御老公の機嫌は、心なしかよろしくない様に思えた。
確かに、あんな風に堂々と目の前で抱き合われれば、バツが悪くもなる。
「・・・・?霧恵さん、御老公のこと知ってるんですか?」
「あ、はい。東京の事件の時に、英翔さんを探すのに、途中まで付き合ってくれたんですよー」
懐かしそうに話す霧恵に感付かれないように、英翔は疑問の視線を御老公へと投げかけた。
一体、どういうつもりだ。
あの時霧恵がどうやって東京都内に侵入したのか不思議でならなかったが、そういうことだったのか。
確かに、御老公がいるのなら無事だ。
御老公なら、霧恵に気付かれずに警備の兵を倒すことぐらい朝飯前だろう。
「で、おじいちゃんが何でここに居るんですか?」
「ああ、儂は英翔とお嬢ちゃんの護衛にきたんじゃ」
「そうなんですよ、霧恵さん。この御老人はKOTRTでも切っての手練なんですよ」
「へー、そうだったんですか」
「そうなんじゃよ、ま、宜しく頼むわい」
唐突に、店の引き戸が叩かれた。
いや、叩かれたというよりもノックされた、というほうが正しい。
この店にはインターホンが無いので、訪ねるには必然的に戸を叩くしかない。
だが一体全体、どういうことなのか。
まさかとは思うが、いま表に来ているのは“敵”だろうか。わざわざノックしてから襲い掛かるような間抜けでもあるまい。
もし、違ったら。
いま戸を一枚隔てた向こうにいるのが、ルシータだったら。
彼女は、“敵”か。味方か。
どっちだ。どっちと判断すればいい。どう対処すればいい。
だが、決断を下す前に扉は開かれた。
「失礼するぞ、英翔」
「え?」
その聞き知った声に、張り詰めた神経は拍子抜けした。
戸を開けたのは、いつもと変わらぬ黒のダブルのスーツ身を包んだ男―――――。
「な、内藤さん?」
「どうしたんだ、英翔?そんな素っ頓狂な顔をして」
普段どおりの冷静な口ぶりで、内藤は小首を傾げる。
そして、店の中を見回して彼はさらに首を傾げた。
「どうして、哉原の御老公がここに居られるのかな。初塚霧恵については承知しているが、御老公は――――」
「黙れ、殺すぞ小僧?」
内藤の首筋に、それ以上何も喋らせまいとするように刀が突きつけられた。
そしてそれを突きつけたのは、御老公自身だった。
英翔は思わず、感心してしまった。
抜刀の瞬間が、全く知覚できなかった。咽喉元に刀を突きつける瞬間は辛うじて見えたが、それ以外はさっぱりだ。
しかしいつまでも感心している訳にもいかない。
はっと我に返った英翔は、急いで御老公を制する。
「な、何をしているんですか御老公!?」
「お主も黙れ、英翔!」
「気にするな黒咲、問題は無い」
気が立っている御老公は分かるが、刀の切先を向けられている内藤までなぜ制すのか。
英翔には、分からなかった。
内藤は、いくらKOTRTの総責任者であっても所詮は人間だ。御老公も一応は人間であるが、あれは規格が違う。
それに内藤も、御老公がKOTRT最強の猛者であること、僧会の元最高僧であることは重々承知のはず。
なのに、あの余裕は何だ。
「緋色の柄に、卍形の鍔・・・・・・それが噂に名高い三大偽神葬具の一つ、“凶つ月”か」
御老公の構えた刀を見据えて、内藤は呟いた。
その“凶つ月”という単語に、英翔は過剰なまでに目の色を変えた。
凶つ月。
かつて英翔が何よりも欲した、偽神葬具。今は“凶つ王”こと“エクス・カリバーン”を愛用しているが、それでも凶つ月へ傾ける想いは変わらない。
「とにかく御老公、その刀を下げてください・・・」
「英翔、お主まさか気付いていない訳ではあるまいな?」
「え・・・何を――――」
「いいか、今儂らを囲んでいるのは何じゃ?その中を、この男はどうやってこうも堂々と来たのだ」
御老公の睨みつける様な言葉に、英翔も遅れて気が付いた。
言う通りだ。
いまこの店の周囲を囲んでいるのは、何者かも厳密に分からない“敵”だ。
そんな中を、この男はどうやって突破してきたのだ。
「つまり、お主は敵という事だ。内藤・・・」
「いやはや。流石は元最高僧、温和な黒咲とは違って鋭い」
「恨みは無い、だが貴様は我々にとっては敵だ。斬る――――――」
「な、御老公それは―――――――」
駄目だ。
英翔は、そう言おうとした。
だが言葉は最後まで続かなかった。
そんなモノよりも遥かに速く、御老公の刀が内藤の首を根元から斬り裂いたからだ。
本当に、あっという間の一閃。
その軌道は、残光すな残さない。まさに、光の一太刀。
ばっさりと裂かれた内藤の首からは、半拍遅れて血が噴出した。
首からの出血は、良く噴水やホースからでる水のように激しいと言われるが、本当だった。
一体何処から溢れてくるのだろうというほどの夥しい量の血が、床を紅―――――というより、赤黒く染め上げていった。
「きゃあああああああああ!」
霧恵が、悲鳴を上げた。
目の前でいきなり人が殺されたのだ、今まで人が人の手によって殺される瞬間など見たことの無い彼女にとって、その光景は地獄絵図そのものだろう。
彼女の悲鳴を皮切りに、店内の硝子が次々と砕けた。
それと同時に、何者達かが、室内に踊りこむ。
窓を割っての、一斉同時の突入。
英翔は、咄嗟に霧恵へと手を伸ばし、自分のほうへと抱き寄せた。
「何なんだ、こいつ達は・・・・!」
室内に硝子の粉雪を降らせながら舞い込んだ襲撃者を目の当たりにして、英翔は驚愕の隠さずにはいられなかった。
襲撃者の装いは、みな異常だった。
顔を、髑髏を模したフルフェイスヘルメットで覆い、黒一色で統一された戦闘服を纏っている。
その黒で纏められた服装から、記憶の底から一瞬シグルドリーヴァとチェルノボグの姿がフラッシュバックする。
だが、その幻影を英翔はすぐさま振り払った。
敵は形からも分かるように、常軌を逸した者だ。油断はできない。
「いやあ、流石だ哉原の御老公」
その声に、英翔は度肝を抜かれた。
いや、背筋に悪寒が走ったのか。直視するのを躊躇うような、おぞましい物を、感じた。
「やはり奇術師は手厳しいな、加減というものがない」
たった今、御老公に咽喉を斬り裂かれたはずの内藤が、顕在し、喋っている。
だが彼の服には確かに、先ほどの出血による血痕がありありと残っている。
しかし彼は、先ほどのことなどまるで嘘と言わんばかりに、堂々と立ち誇っていた。
「・・・・偽神葬具、“偶像写経”か・・・!」
「ご名答」
忌々しげに吐き捨てる御老公に、内藤は懐から一つの巻物を取り出して見せた。
まるで時代劇から持ってきたような、帯で封をした古典的な巻物だ。
それを、すっと手放し、床に落とす。同時に封が外れ、巻物の一部が垣間見えた。
そこには少しの隙間もなく、血文字で埋め尽くされていた。ただの紅い文字の羅列なのに、そこからは言いようのない怖気が湧き上がっている。
人の執念というものが、まるで凝り固まってこびり付いたかのように。
「僧会の奇術師がもしもの時の為に使う、とっておきの“身代わり”道具。偶像写経。確かに死なないが、この痛みはどうにかならないものかな・・・」
英翔はその光景に、我が目を疑いたくなった。
今目の前に居るのは、最早英翔が知っていた内藤ではない。
鍍金を完全に取り払った、地金の姿。
「内藤さん、これは一体――――ッ!」
「黒咲、お前には悪いが・・・・・・・ここで死んでもらう」
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