軽くため息をつきながら、英翔は店の戸を閉め、鍵をかけた。 今日は霧恵も結ヱも学校なので、店には誰も残っていない。 この機を見計らって、英翔はKOTRT本部へと行く決意をした。 勿論、本部の医療施設で、いま自分がどれほど病魔に蝕まれているのかを調べるためだ。 だが、それだけでもない。 もしも可能ならば、貴子との面会も考えている。 そうすれば、霧恵への良い土産話になるだろう。 だから、片手には果物の入ったバスケットも持っている。 面会が無理だとしても、見舞い品の一つや二つぐらいは、渡せるだろう。 いざとなれば、哉原のご老公か内藤でも掴まえて、何とか取り付けるという手段もある。 「・・・・・何時でも会える、か―――――」 そう呟くと、英翔は足先を、いつもの買い物ルートに向けた。 ちなみに、この順路では駅と正反対で、全くの遠回りである。 だが、それでも英翔はこの道を選んだ。 その目的は、公園だ。 あの日。公園で昏倒したあの時。 伏した私を介抱してくれた、あの少女に会おうと思ったからだ。 もう一度、きちんとした礼がしたい。 あんな取って付けた様なだけの礼でなく、きちんとした。 いや、本当はそんなことを言いたいんじゃない。もっと別のことだ。 だが、今は本当にそれを彼女に話すべきか迷っている。 それもそうだ。彼女は、まだ結ヱと大差ないほどの幼い子供なのだ。 そんな彼女に、こんな話をしても、何の意味もないのではないか。 しかし、彼女にはそんな常識的な考えを打ち消すような、抱擁感があったのだ。 まるで、何もかも包み込み、癒し。どんな悩みや苦悩も解決してくれる、母のような。 それは、幻想だ――――――・・・。 私は、幻を見ている。 死を目の前にした私の頭は泡立ち、まともな思考ができないようになっているのだ。 霧恵に、死せる時まで寄り添ってくれる、キョウダイの姿を。 ルシータに、全てを抱擁する母の暖かさを。 幻視していたのだ。 気丈な自分が、吐き捨てる。 そんな甘いものにすがって、必死に痛みを和らげようと麻薬を打ち続けるのと同意の行為に。 いまさら、戯言をぬかすなと。 因果応報。自業自得。自分のしたことは、自分に必ず帰ってくる。 それが、力なき故に人を死なせてしまった、罰・・・・。 足を止めた。 何時の間にか、もう公園の入り口まで来ていた。 だが、足を踏み入れる決心がつかない。いま、こんな不安定な状態で、彼女に会うのかと問い掛ける。 あの時も決して心が安定していたとは言い難いが、状況が違う。 もし、彼女に会って・・・もし、この胸のうちに渦巻き氾濫するこの、行き場のない苦しみを伝えたら――――――。 きっと、遠のいていく。離れていってしまう。 あの暖かさを、失ってしまう。それが、どうしようもなく恐ろしい。 「は、はははっ・・・・」 おかしいな。 私は、ここまで弱かったのだろうか。 いや、今までの自分は全て虚勢で、この弱く脆い今の姿こそが、本当の自分だったのかもしれない。 偽り、欺き、弱い自分が傷つき磨耗しないように、必死に隠して守っていたのだろうか。 「どうして、貴方は泣いているの?」 「ッ!?」 その声に、英翔は息を呑んだ。 公園の入り口に突っ立ったまま、視線をゆっくりと巡らす。 気づけば、彼女が直ぐ傍にいた。 ルシータ。 気配に感づけないほど、自分は深く考え込んでいたのかと、今更ながらに驚いた。 そしてそれ以上に、再びまた彼女に出会えたという事実に驚く。 「どうして・・・・」 「何時でも会えるといったでしょう?でも生憎、今日はあまり時間がないの。ごめんなさい」 「いいや、私の方こそ。あの時のお礼を、今一度きちんとしたくて・・・」 「本気で、言ってるの?」 「え・・・・」 その問い掛けに、胸の奥が揺れる。 彼女はその屈託のない、まっすぐとした芯の強い眼差しを向けている。 「もっと、別のことを言いに来たはず。だったら、素直にそれを言うべきじゃないの?」 「・・・分からない、分からないんだ・・・私には、何が正しいのか。伝えるべきか、否かなのか・・・」 「例え、どんな想いでも、それは伝えないことには相手は何も分からないわ。それが正か不なのか、だから、どんな酷な内容であっても、  言葉にして伝えるほうが良い。それが、誰かを傷付ける結果になったとしても。もし手遅れになってしまったら、後悔のしようもない。だから私はそう思う」 「・・・・・・ありがとう、分かったよ」 「え?」 唐突に礼の言葉を告げた英翔に、ルシータは虚を衝かれた顔をした。 「私が探していた答えは、たぶんそれだったんだと思う・・・。そうだ、きっと、誰かに背中を押してもらいたかったんだ」 「人は誰しも答えを探す時に、迷うもの。私が貴方の道を探す手助けになれたのなら、それはとても光栄なことだわ」 「いいや、礼を言うべきなのは私のほうだ。本当に、ありがとう」 深く、頭を下げた。 彼女のあの一言で、胸に詰まっていた泥が、すっかり流れ落ちたような気がした。 本当に、彼女には心からの謝礼を告げたかった。 「貴方の迷いが晴れたのなら、私は行くわね。もう時間だから」 「ありがとう。気をつけて」 「貴方もね・・・」 その時、私は気づかなかった。きっと、舞い上がっていたのだろう。 分かれる際の彼女の目に、涙が湛えられていたことに。 もしこのとき私が気づいていれば――――――。 運命は、変えられただろうか? 「ありがとうございました」 そう言って、英翔はドアを閉めた。 そこは、KOTRT本部の医務室だ。 ここで英翔は先ほど、診察を終えたばかりだった。 その手には、診察内容が記された診断書が握られている。 結果は、覚悟していた通りだった。 体中、至る所が発癌していた。それも急速に成長と転移を繰り返し、外科的には手の施しようが無い状態なのだそうだ。 普通、これだけの速度で蝕まれれば、人間ならば数日と持たない。 だが被曝してからもう一ヶ月以上。 まだ、自分は生きている。 やはり、変換式が関係しているらしい。癌患者にみられる症状などが、通常とは異なるのだ。 変換式から溢れる、全身を巡っている内気が、癌への抗力になると同時に、癌細胞へも影響を及ぼしている。 そうして、症状が不安定になっているのだ。 今は、何とか抗力と癌の進行が拮抗しているが、長くは持つまい。 その均衡が、一度崩れれば、もうお終いだ。 癌は瞬く間に私の身体を貪り尽くし、あっという間に絶命するだろう。 一応医者からは痛み止めに、モルヒネを処方してくれた。 それも、大きな瓶になみなみと入った、モルヒネだ。簡易の注射器も添えられている。 普通ならありえないが、変換式による異変もあり、その時々により処方する量も変化する。 だが、その度に病院に転がり込むわけにも行かない。 だから、こんな瓶一杯につぎ込んで渡してくれたのだ。 かなり煩雑な行為に思えるだろうか、仕方が無いのだ。 それに英翔も、延命を望んでいない建前、これで充分だった。 「おやおや、若いもんが昼間っからシケた面しとるのお」 「あ、哉原のご老公・・・」 手に持った瓶と診断書を、手提げに押し込んだ。 「医務室・・・?なんじゃ、風邪か?」 「え、ええ。そんなとこです、最近ちょっと体調が優れなくて」 「まあ、ええわい。それと本部に来たっちゅうことは、当然会うて行くつもりなんじゃろうな?」 「はい。見舞いに果物、持って来ましたから」 「ほ、準備が良いこったのぉ」 ご老公も、貴子のことを心配していたようだ。 そうして英翔は、面会のため哉原のご老公と一緒に、内藤の元へと向った。 このKOTRT本部を統轄しているのは彼であり、また貴子の所在について詳しく知っているのも彼だ。 職員に訊いても良いのだが、哉原のご老公が内藤に会う用事があるというので、わざわざ会いに行くことにしたのだ。 そして、内藤の部屋に着くと、部屋から見知った顔が出てきた。 「山田先生・・・!」 「あれ、英翔君ですか。それに・・・御老公まで?」 二人は、互いに意外そうな表情をした。 「一体、どうしたんですか?」 「えっと、私も御老公も内藤さんに用がありまして・・・」 「それは困りましたね。私も内藤君を訪ねに来たのですが、どうも不在みたいでね」 「そうなんですか・・・」 山田は、英翔に気づかれぬように哉原の御老公へと視線を送った。 それに篭められた意味に、御老公はすぐに気づく。 「それと、英翔君はいったいどんな用件だったのかな?よければ私が内藤君に言伝しておこうか?」 「いいえ、結構です。そんな大した用でもありませんし、ありがとうございます」 「そうかい、じゃあちょっと話をして良いかな、英翔君?」 「ええ、構いませんが・・・」 少し当惑気味の英翔の耳元に山田は近づくと、手を添えて小声で呟いた。 「・・・私たちは今、英翔君と霧恵君の監視を命じられています」 「ッ!?いったい誰が――――」 「声が大きいですよ・・・。これは内藤君の指示ではなく、真門 黎明の極秘の命令です」 「そんなこと、いま私に話して良いんですか?」 「勿論、知られればただでは済みません。しかし、あの一件から真門と、内藤君の動きはあまりに不審すぎる・・」 あの一件、というのは勿論先月の東京占拠事件のことである。 確かに、あれ以降の真門の行動は、異例尽くしだった。 先ず、KOTRTへの当主直々の視察。世間との徹底した隔絶姿勢を胸としている真門には、考えられない行動だ。 「それに、あのシグルドリーヴァというテロ組織のバックボーンは、間違いなく真門です」 「そ、そんな馬鹿な!一体どんな確証があって言っているんですか!?」 「詳しくは話せませんが、これは事実です」 「そんな・・・。御老公は、そんなこと信じませんよね・・・?」 答えの代わりに、哉原は無言で首を横にふった。 ついさっき、一つの悩みが解決したと思ったら、運命はすぐに次の難題を用意してきた。 御三家に目され、その頂点に立つと言われる真門の当主が・・・自分を監視している。 理由など皆目見当もつかない。何か、たてつく様な真似をした覚えもないし、不況を買うようなこともしていない。 何故。 それに、シグルドリーヴァの後ろ盾までもが、恐らくは真門だときている。 事態が目まぐるしく変化して、頭がおいつかない。 目まぐるしく変化・・・・・・・おいつか、ない・・・・・・・・・? おかしい。妙だ。 何故、真門は今になって監視の目を差し向けたのか。 確かに、自分が哉原の御老公と親しい関係にあることを知らなくとも、山田とは師弟関係にあることは承知のはずだ。 ならば、監視を命じられたことが漏洩する可能性も十二分に考慮できる。それこそ、頼める隊員は他にもいるのだ。 とすれば、一つの推測が浮かんでくる。 真門は、もしかしたら監視していることを、初めから隠すつもりなど無かったのではないか。 それどころか、知らせようとしたとも考えられる。 監視に気づくように仕向け、要らぬ混乱を招く為か。 それとも、何かの試験か。 ・・・何かの、意思表示か。 もし、この一連の行動が何らかの意志を伝える為のものだとしたら、相手が言っていることは一つ。 何らかの目的があり、監視していること。そして、それが私に知れようが、関係ないということ――――――。 知られたとしても関係ない、つまりそれだけの力量の差を示しているのだ。 こんな回りくどい方法で圧力をかけるとは、真門はよほど他人に、「監視する目的」を知られたくないようだ。 「何にせよ、これからは安易に動くでないぞ英翔。何時なんどき誰が狙ってるやもしれん。それが儂や山田ということも、大いにありえる。心せよ」 「・・・はい」 「それでは英翔君、これを」 山田から、二つの物を手渡された。 布に包まれた、細長い円筒状の物体。それは、その細身の外観に似合わぬ重さを有している。 それを持った瞬間、英翔はそれらが何なのか瞬時に分かった。 「これは・・・・エクス・カリバーン!」 包んでいた布を、すぐさま取り払い、中から一振りの聖剣を取り出した。 見まごうはずなど無い。 そこには、鞘に収まったエクス・カリバーンがあった。 あの東京での作戦以降、本部側に一時返却という名目で没収されていたのだ。 「もう一本の方はと・・・・・・これは――――ッ!?」 エクス・カリバーンの封を解いたあと、もうひとつの包みに手をかけた。 そして中身を見た途端、驚愕の声を上げる。 「この刀は、私が東京奪還作戦の時に使ったサムライ・ソード・・・?」 「ガルボ君からの餞別です」 「良いんですか・・・?あの作戦以降、私は事実上エクス・カリバーンを取り上げられ・・・。それにこのサムライ・ソードも、  本来なら私用は認められないはずです」 「はい、その通りですよ」 「なら、何故――――っ」 「丸腰で闘うわけにもいかんじゃろう?」 山田より早く、御老公が答えた。 確かに、いま英翔は狙われている身だ。戦いには、常に万全の体制で臨めるように備えておくべきだ。 しかし、サムライ・ソードはともかくエクス・カリバーンは三大偽神葬具の一つで、持ち出すことは容易ではないはずだ。 「――――――――――それだけ、事態が切迫しているんですね・・・」 「そうじゃ。お主が考えている以上にな、これから先はもう温いことは言ってられんぞ?」 温いこと・・・・ということは、つまり英翔の「殺さない」主義について言っているのだ。 昔、僧会で最強の奇術師の座を欲しい侭にし、誇った彼にしてみれば、英翔の考え方は無駄以外の何物でもない。 戦いの場において、無駄な思考は死を招く。 だが、英翔もそれを知らないわけではない。それを踏まえ、覚悟した上で戦いに身を投じているつもりだった。 「・・・それでも、きっと私の考えは変わりませんよ御老公」 「――――――そうか、ならばそれでいい。確かに、如何な理由であろうと信念を貫く者は強い、そうそうの事では倒れん」 「でも本当に気を付けるんだよ、英翔君・・・」 「はい。ありがとうございます、山田先生、哉原の御老公・・・」 深々と、頭を下げた。 改めて、自分は果報者だと感じた。これだけ、色んな人に身を案じてもらえて、幸福すぎる。 「儂らはこれから監視に入る――――――良いか、これからはお互い討ち討たれる立場じゃ。重ね重ね言うが、心せよ。黒咲の子よ――――」 「では、英翔君。私もこれで―――――」 そう言うと、二人は音も無く英翔の目の前から消えた。 まるで立ち消える煙のように、瞬く間に。 「帰り・・・ますか・・・・・」 運命は、どうやら最後まで、この身を楽にしてくれる気はなかったようだ。 事切れるその時まで、苦しめ傷つけるのだろう。 ならばせめて――――――。 その道を行くのが、私一人だけであるように―――――。
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