突如として街中に出現した巨大な光の球に、髑髏面たちを駆逐し終えた御老公と山田は唖然とした。 光は周囲の建物を次々と飲み込み、今のその大きさを増していた。 まるで、爆発のスローモーションを見ているようだった。光の球へと向かい風が吹き、周囲は真昼よりも遥かに明るい。 「な、何とこれは・・・!」 「こいつは一体」 口々に、驚嘆の言葉を漏らした。 そしてやっとのことで、あの巨大な光のドームが何であるかに、二人は気がついた。 あれは、内気―――――つまり霊子の崩壊だ。 物質界を、面の世界とするなら。内気や外気に代表される霊的エネルギーで構成された霊子界、言うなれば裏世界が、表裏一体の関係でこの世に存在する。 霊子は物質のように質量は持たないのだが、その密度と濃度を極限まで高めれば、質量を有することが可能なのである。 それは、霊子エネルギーの物質的顕現を意味している。 そしてその霊子の圧縮にも、原子と同じように限界が存在する。原子は己が質量を突き極めていくと、いずれはその自重により自壊する。 霊子もその理に漏れず、窮極まで質量を高めていくと、原子と同じように極大のエネルギーを放出させながら自壊するのだ。 それが、今目の前で起こっている――――。 「まさか、英翔がやりおったのかっ・・・・」 御老公は、わなわなと手を震わせると力無く両膝をついた。 英翔以外に、この霊子崩壊が起きた理由を見出せなかった。英翔の持つエクス・カリバーンの無尽蔵にして無制限の内気を使えば、霊子崩壊を起こすことも可能だろう。 いや、エクス・カリバーンでなければ、何人、何物にもこのような現象は起こせない。 論理的には可能であっても、それに見合う内気を生み出すモノなどこの世の何処にも存在しないのだ、あの聖剣以外。 「何て無茶なことを―――っ!」 山田が渋面で呟く。 あの霊子崩壊の光の中に取り込まれれば、もう助かる術はない。 霊子は原子と違って崩壊に伴って放射線を出す心配はないが、暴走したエネルギーは原子も霊子も構わず破壊し尽くすだろう。 二人は未だ成長し続ける光の球を見つめながら、絶望に暮れるしかなかった。 錆びた鉄扉が開く音が聞こえたかと、何の照明もついていない室内に光が差し込んだ。 サーベルのように眼を突き刺さす光に眉をひそめ、これがいったい何時間ぶりに目にした光だろうかと、ぼんやりと思った。 「意識はあるか?私だ、ガルボだ」 逆光に、一つの大きな人影が写った。声と名乗りから、辛うじて彼がガルボ・フォルキンであることを確認する。 しかし私には、何故彼がこんなところにいるのか分からなかった。 「立てるか、肩を持とう」 「・・・・ありがとう」 ガルボは片膝をついてしゃがむと、彼女の腕を肩に回して持ち上げるように立たせた。 「何だ、非道い傷じゃないか。痛むのか」 「今は平気、ただ痕が残るのは勘弁して欲しいわ」 ガルボに引き摺られるようにして、彼女はふらつく足を必死で動かしながら部屋を出た。 タイル張りの床の冷たさが、何も履いていない足の裏に直に伝わってきた。廊下の電灯の明るさが、いまだに目に染みる。 「それで、ここは何処なの・・・?」 肩を引っ張るように歩くガルボに、彼女は弱々しい声で質問する。ガルボは、それを聞いて少し顔をしかめた。 連中め、彼女にそんなことも知らせずにいたのか・・・と内心で吐き捨てていた。 一拍おいてから、返答する。 「ここは警視庁の深度二百メートル地下に建造された別脈種専用の多目的収容施設だ」 「ああ、なるほど。確かにそこなら尋問も拷問も殺害でも何でもやり放題ね」 今の今まで、自分自身がそこで手酷い仕打ちを受けていたというのに、彼女は他人事のように呟いた。 「で、私はどうしてあなたにあそこから連れ出されたわけ?」 「自由のためだ、香坂貴子」 自由という言葉を聞いて、貴子は怪訝な表情をした。 「来たか」 警視庁の会議室である一室に連れられた貴子は、入ると見知った顔を見つけた。 内藤洸一。KOTRTの総責任者・・・。正直、この男のことはあまり好きではなかった。雰囲気というか、匂いが気に食わないのだ。 何か、自分とは合わないものを感じるのだ。 「どうしたの、その恰好?」 「気にするな」 端とあしらう内藤だったが、気にするなと言われて、気にならなくなるような代物でもなかった。 よく見ると彼は、車椅子に座っていたのだ。加えて、右足のズボンの裾が、中身を無くして折り畳まれたように垂れ下がっていた。 それを、気にするなという方が無理だろう。明らかに、何らかの戦闘に巻き込まれ、負傷したに違いない。 「そこの椅子にかけたまえ。直ぐ済むがな」 「どうも」 指し示されたパイプ椅子に座ると、その後ろでガルボが休めの姿勢をとった。 「今日ここに呼んだのは、君にかけられていたシグルドリーヴァとの内通容疑を取り下げる為だ」 「・・・・まさか」 「虚偽ではない」 有り得ないといった風に即答した貴子の言葉を、内藤は強めの口調で否定した。 だが貴子には、それをどうしても真実と思えない理由があるのだ。 「国連が、私を欲しがってるんでしょう?東京で赤っ恥かかされた腹癒せに。そのために、コウタカの死体まで持って行ったのよ?」 「確かに、私も国連側も君が内通者であったなどと、微塵も思っていない。むしろ信頼している。だが、“大人”という生き物は、なによりも面子が大事だからな、  それを保つためなら何でもするんだ。私も、君を国連に取られないようにするために、なかなか苦労させられたよ」 ああ。何故国連の施設ではなく、警視庁の施設で尋問を受けていたのかと思えば、そういうことだったのか。 よく考えてみれば、私はすぐにでも国連に引き渡されて、拷問の末に在らぬ罪を着せられて闇に葬られていても不思議ではなかったのだ。 そうか。内藤が、そんな根回しをしていたとは。内藤のことは気に食わないが、借りが一つ出来てしまった。 「ま、頼んだ憶えは無いけど、ありがとね」 「それともう一つ・・・。どちらかといえば、こちらが本題だな」 「?」 会議室の机の上に、内藤は一束の書類を滑らせた。そしてその書類は、貴子の目の前に丁度良く止まる。 怪訝な面持ちで、貴子は内藤をねめつけながらも書類に目を通した。その書類に記された事項のほとんどはコピーの段階から黒く塗りつぶされていた。 酷く煩雑なやり方だが、私が読み終わるとすぐに焼却処分されだろうから、特に問題はないのだろう。 そして、その中の一ページに。何も修正が加えられていない箇所があった。そこにはワープロ文字で、淡々とこう書き綴ってあった。 「本日・・・午前十一時三十四分頃、K-12HポイントにてクラスCマイナスの局地限定霊子崩壊を確認・・・!?」 K-12Hポイント。即ち、英翔の自宅、「all things」のことだ。 だが、局地限定霊子崩壊とは一体どういうことか。そんな言葉は、教科書の中のものでしかないはずだ。 霊子崩壊、それは核爆発級の高エネルギー体の塊だ。そんなものが何故、英翔の自宅付近で観測されたのか。関連性が見出せない。 「英翔は、霧恵は・・・・無事なんですか?」 震える声で、内藤に質問した。英翔の自宅付近で霊子崩壊が発生したことも驚きだが、それ以上に二人の安否が気になった。 もしその時間に二人共家にいたとしたら、その爆発を至近距離で諸に受けたことになる。いくら彼等が抜きん出た別脈種であっても、生きているかどうか。 「・・・・霊子崩壊発生時に黒咲英翔、初塚霧恵の両名が相当な至近距離にいたことが確認されているが――――――死体はまだ挙がっていない」 「そ、んなっ――――」 絶句した。 二人は発生当時、崩壊起点のすぐ近くにいて、そして死体はまだ見つかっていない―――――。 つまり、死体すら残らないほどの激しいエネルギーの奔流に巻き込まれたのだ。もう、二人はこの世に・・・・。 「まだ両名の死亡を決定付けるのは早い、実際に現場でも捜索活動は続いている、しかし・・・残念ながら、状況は絶望的だ」 「何で・・・霊子崩壊なんて・・・・何で、そんなことが起きたんですか?」 「すまない。私の口から君にその内容を教えることは不可能だ」 「じゃあ、どうして私に中途半端にこんなことを教えたんですか・・・!これならいっそ、何も知らないほうが―――」 「香坂、君は黒咲と初塚霧恵と親睦が深かったと聞く。だから、早めにこの事を知っておいてほしかった」 車椅子のホイールを巧みに扱い、内藤は貴子に背を向けた。 「話はこれだけだ。君はもう自由の身だ、自宅に帰るなり何なり、好きにするといい」 そうして彼は、ガルボに車椅子を押されながら会議室を出た。 部屋には貴子が一人、パイプ椅子に座ったまま取り残された。少しの沈黙を後、唐突に立ち上がると彼女も退室した。 心のどこかでは、まだあの二人が生きていてひょっこり目の前に姿を現すのではないか、という根拠も何もない空虚な期待が残っていた。 しかしその帰り道、英翔の家へ寄ろうとすると、彼の家の周囲一体は黄色いテープが張り巡らされ、立ち入り禁止となっていた。 そのテープの向こうには、ぽっかりと窪んだ小さなクレーターが見えた。そこで、あの二人は本当に死んだのだという実感が湧いた。 まるで腹の底から這い登ってくる悪寒の様な、嫌な感覚だった。 「好きにしろって言われてもねえ・・・・」 貴子は自宅のマンションの一室の前までたどり着くと、その扉の前で独りごちた。 このマンションの部屋には、霧恵が英翔の家に住み始めたぐらいの時期から、長らく帰っていなかった。 だから、英翔の家が本当の“我が家”で、このマンションの部屋は“仮住まい”という風にしか感じなかった。 ドアノブに取り付けられた鍵穴に鍵の刃先を差し込もうとした、その時だった。扉に埋め込まれた郵便受けに、何か手紙が挟まっていたのだ。 「誰から?」 そう呟くものの、心の中では確信めいた予感があった。震える指先でその端を摘むと、郵便受けから手紙をゆっくりと引き抜いた。 封筒の表には、見慣れた字で「貴子さんへ」とだけ簡潔に記されていた。 はやる気持ちを必死で抑えながら、その封を開け、中に入っていた二枚の便箋を取り出し、目を通した。 貴子さんへ。 英翔です、いまこの手紙は急いで書いているので、文体や文字の乱れは勘弁して下さい。 私は貴子さんがこの部屋に戻って来て、この手紙を手にとるであろうと思い、全てをここに記していきます。 「ふっ・・・う・・・」 嗚咽が、堪えきれずに漏れ出した。 英翔だった、やはり彼は生きていた。 胸のうちに、温かい小波の様な安堵感が広がっていく。 涙に潤む目でさらに文章を読み進めた。 夏に起きた東京占拠事件。あれの黒幕は、真門です。 真門がシグルドリーヴァをけしかけ、東京を占拠させたのです。理由は、天球計画という計画の実行のためだそうですが、詳しいことは分かりません。 貴子さん、真門にはくれぐれも注意してください。そして出来れば、KOTRTを除隊することをお願いします。これは貴子さんの身を守る為です。 それと、霧恵さんも結ヱさんも無事です。心配しないで下さい。 また会う日まで、さようなら。 私たちは、北に行きます。 ――――――黒咲英翔。 一枚目の便箋は、そこで終わっていた。 私が全く知らず、信じられないような事実が書き連なれていた。だが、肝心の霊子崩壊の理由については記されてはいなかった。 それを口惜しく思いながら、もう一枚の便箋にも目を通す。書いたのが霧恵であると、一目でわかった。 女の子特有の丸っこい文字で、必死に文字が刻まれていた。 貴子さんへ。 しばらくの間、お別れです。でも大丈夫です、すぐに帰ってきますよ、英翔さんもそう言ってましたし。 さみしいかもしれないけど、頑張って下さい。私も英翔さんも、一日でも早く帰ってこれるように頑張ります。 短いようで長かった、貴子さんと過ごした時間、忘れません。 また、いつの日か。 私たちは、北に行きます。 ――――――初塚霧恵。 全てを読み終えたとき、便箋の上にぱたりと涙が零れた。 愛しいあまりに、便箋を思い切り胸に抱いた。離さないように、ぎゅっと胸の内に、強く強く押し付ける。 「英翔、霧恵・・・・・あなたたちは、何処へ行くの?」 きつく抱き締められた貴子の胸の内に、ぽっと明るく光が灯った。 貴子が抱き締めた手を放すと、焼けて灰となった便箋の欠片が零れ落ちた。 この手紙が何らかの手違いで、KOTRTや真門の手に渡ったら、彼らは追われる身となる。 そうならないように、貴子は手紙を焼いたのだった。 英翔と霧恵が残した、手紙を――――――。 その灰は風に舞い、何処へ行くでもなく飛んでいった。既に日が沈み始めた空に向って。 高く、高く・・・。
-back-