もう、なにも思い残すことは無い。
そう・・・信じよう。
構える。
ナギサとミホたちが対峙して、すでに数分。
両者は以前として睨み合ったままだ。いっこうに動く気配がない。
否、動けない。
卓越した武人は、合間見えるだけでその場から動けなくなる。これはそれと同じだった。
動けば、それが決定的な合図と隙になってしまうのだ。
この対峙がいつまで続くのか、と透が思い始めたころ。ナギサが暴挙に出た。
あろうことか、構えを解いて悠然と、ミホたちに向かって歩き出したのだ。
致命的といっていい、大胆不敵な行動。隙。
それを逃さずミホとフリースは駈け、ナギサの懐に飛び込み、斬り付けんとする。だが。
鈍い音をたててミホとフリースのそれぞれの足元が爆ぜる。それを機に、ミホたちは一瞬にして退く。
次の瞬間に、ミホたちのいた場所が再び、飛来した『何か』によって破砕した。
見ると、腕をこちらに向けて構えたナギサの『枷』・・・黒咲 理代子の姿があった。
「ただの純粋な『内気(オド)』の塊だけど、当たると痛いわよ?」
理代子の言葉にミホは舌打ちする。
今回の相手は、今まで相手にしてきた『ミホ』とは全く違う。
『ミホ』と『枷』の連携戦闘――――――。
それはかつてないほどの、推し量り難いイレギュラー。
これでは、うかつに手出しが出来ない。
しかし、理代子は狼狽するミホたちに構わず次弾を放つ。
それを、ミホは渾身の力の元に両断した。あまりの反動に肩が痺れる。
見た目は野球ボールほどの大きさの光の玉だが、その威力は一発で対戦車ライフル並みの威力がある。
それに追い討ちをかけるかのように、ナギサが突撃する。
ナギサは疾走の勢いを殺さず、全力を持ってミホに肩からタックルする。それは、彼女のミゾオチ付近に直撃した。
「っかは――――っ!!」
ミホの意識が遠のく。
だが、次の瞬間に背中に鈍痛が走り、意識が強制的に戻る。
背中から落下しただけなのにこの痛みということは、ナギサの突進はよほどの威力だったのだろう。
ナギサは刀の柄を逆手に持つと、倒れたミホに向かってすかさず突き立てる。ミホはそれを刀の峰を片手で支えながら受け止めた。
「ミホさん!・・・・・『インビジブル・ダガー(不可知の十字)』!!!」
フリースがミホに刃を突き立てているナギサに向かって見えざる刃を一閃する。
しかし、それをナギサはまるで後ろに眼がついているかのように、完璧なタイミングで飛翔してかわした。
そのまま空中で一回転すると、その回転の威力をそのまま刀の打撃力につぎ込み、フリースに襲い掛かる。
それを迎撃せんと、フリースがナイフを一閃する。が、
発砲音。
鉄特有の鈍い被弾音を鳴らしながら、フリースのナイフの軌道が大きく逸れる。
理代子の放った光球がナイフに直撃し、軌道が逸れたのだ。
しかし、フリースに驚愕している暇はなかった。
素早く判断すると、フリースはナイフを振りかざした体勢から無理矢理後方に飛び退いた。
フリースの肩を、ナギサの刀の切先が掠めていく。
彼女の表情に、僅かに安堵が浮かぶ。
「 change gravity course(森羅万象の改訂)!!」
理代子の素早い言語詠唱。
すると、ナギサは着地した途端。落下した勢いのままフリースに疾走する。
「な!?」
フリースが反応する。
だが、無理に飛び退いて不安定になったこの空中姿勢では素早い対応ができない。
ナギサの腕がのびる。
「せいっ!」
「がっ――――!!」
そして、片腕でフリースの頭を易々と掴むと、そのまま地面に叩きつける。
その余りの威力に、地面は砕け、裏返る。
フリースは、自らの頭蓋がひび割れる音を聞いた。
内側からのびしびしという、氷が熱の変化によって砕けそうになる時のような音。
意識が混濁し、暗転する。
「さすがに気が絶えたか・・・脆いものだ」
ナギサはフリースの頭から手を離すと、それをまるで蔑むような視線で見つめた。
「き、貴様――――――――――ッ!!!!」
倒れた体勢から立ち上がったミホが走る。
そして、未だ気絶したフリースを見据えているナギサを頭蓋を両断せんとばかりに斬りかかる。
ばぎん。
振り下ろしたミホの刀に、理代子の放った光球が直撃する。
それは、ミホの刀の軌道を変えるのではなく。
叩き折った。
それも、ほとんど根元から。ミホの刀は、もうほんの僅かな刃の残りだけになってしまった。
直撃した箇所からは、ぶすぶすと白い煙があがっている。
どす。
ミホが振り向くと、彼女の遥か後方に、折れた刀の先が地面に突き刺さっていた。
呆然とする。
「いやはや、さすがはネツァク。媒介が破壊されてもなお現界しているとは・・・それが貴様の能力というわけか」
「なに悠長なこと言ってるのナギサ、あなた油断しすぎよ。こっちだって錬精術学び始めたばかりなんだから、あんまり無理させないでよね」
「ん、それはすまない」
ナギサと理代子の会話なぞ、今のミホの耳には届いていなかった。
折られた。
現界して以来、ずっと信頼し、愛用し続けてきたこの刀が折られた。
そしてなにより・・・
透の所有物であるこの刀が折られた。
その事実が、許せない。
この刀はなければ、自分と透は出会うことはなかった。
その掛け橋ともいえる刀が折られた。
ほとんど柄だけになった刀を持った、ミホの手が震える。
「・・・・・・・・・・・ん」
「なんだ?なにか言ったか?」
ミホは、わなわなと怒りに震えていた。
食い縛った歯から、軋む音が鳴る。
「貴様だけは!絶対に許さん!!!」
ミホの猛烈な疾走に、地面が爆ぜる。
それは、もはや常人では完全に知覚できぬ速度。
その速度と、自分の持てる腕力の全てをつぎ込み、刀を突き出す。
あまりの速さに、空気さえ焦げる。
「笑止!」
その渾身の一撃を、ナギサはトンファーのように構えた刀で受け流す。
あまりの力に、双方の刃が音を立てて交差する。
その接点に、火花が舞い散る。
「な!?」
「少しの間寝ていてもらおうか!」
刀を突き出した前傾姿勢のまま、愕然とするミホの後頭部をナギサは容赦なく殴打した。
その勢いで、ミホは顔面から地面に落下し、伏した。
落下と、殴打の衝撃で完全に気絶する。
そして、止めを刺さんとばかりにナギサは刀を振り上げた。
その掲げる姿は、まるで神官が神に供物を捧げるように高々。
まだ、沈むには遠い日の光を刹那に、久遠に反射する。
「・・・お前は、あのとき壊れたままでよかったんだよ。『美穂』」
呟き、振り下ろす。
一片の情も慈悲もなく。
ただただ無情に遂行する。
「やめろおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ぐずり。
刃が肉に沈む。ずぶりと刺し貫く。
ミホの心臓を破壊せんと繰り出された刃は、全く別のが遮るために伸ばした腕を貫通するに止まった。
貫かれた腕から滴る血が、ミホの頬に朱の斑点をつくる。
そして、ミホの腕にも、傷が開く。まるで内側から裂けるように、音を立てて鮮血が吹き出る。
「・・・どういうつもりだ、貴様」
ナギサは、腕を伸ばした透に向かって問う。
しかし、透は俯いた状態のまま返答しない。
「ネツァクを守っても、肝心の『枷』であるお前が傷ついては意味が無いのだぞ。貴様の傷はそのまま彼女に侵食する」
「・・・・・・・・ない」
「なに?」
透は僅かに口を動かしたが、あまりに小さい声なので聞き取れない。
「・・・・・・こいつは、ネツァクなんて名前じゃ・・・・・・・・ない!」
そう叫ぶと透は素手のままで、腕に突き刺さったナギサの刀を掴む。同時に、ミホの手の平も裂ける。
ナギサは、そんな透に構わず刀を引き抜こうとする。が。
――――――――!?
抜けなかった。
どれだけ力を加えても、抜く角度を変えてみても、刀は微動だにしない。
さらに力を加える。それは、常人で言うなら大の大人数十人分に匹敵するほどの筋力。
透が、思い切り仰け反る。
「こいつの名前は・・・・・・・・・・・ミホだ!!」
そして、力任せに頭を振る。
ごきゃり。
透の頭が、ナギサの頭に勢い良く激突する。
渾身の力をこめた、透のヘッドバッド。
その衝撃に、ナギサの首が嫌な方向に向く。
「人間が・・・図に乗るな!!」
「がっ――――!」
ナギサは咆哮すると、透の腹を思い切り蹴りつけて弾き飛ばす。
それと同時に透の腕から刀の刃が、ずるりと抜ける。
「そこで・・・大人しく寝ていろ」
蹴り飛ばされた透を一瞥すると、ナギサはミホの喉元に刀を突きつける。
今度こそ、確実に殺す。
だが、ナギサは己の背後の気配に気付いた。
ゆっくりと振り向くと、そこには満身創痍のフリースが立っていた。
足は、ただ立っているだけなのにふらついている。
息も乱れに乱れ、肩が激しく上下している。
「・・・貴様も我が願いの前に立ちはだかると言うのか、フリース。それが『主』の仕組んだ茶番とも分からずに」
「御託は結構です。ミホさんから離れなさい」
「己が力が最弱であるというのは、百も承知のはずだ、フリース。それなのに何故戦おうとする?世辞にも勝算があるとは言えないはずだが?」
鼻で憫笑しながら、ナギサが言い放つ。
その言葉に、フリースは動じず、微笑み返した。
「だって、貴方は透さんを傷付けたじゃないですか」
風が、吹く。
微風は、一気に強風へと変貌していく。
あっという間に立っているのも困難なほどの、猛烈な豪風になる。
フリースのナイフが、金色に輝く。
風の渦の中で、それは気高き光を放っている。
何者をも寄せ付けない風と光の中、フリースだけが平然と佇んでいる。
他のものは全て、両手両膝をついている。
『ティルヴィング(歩みを止めぬ意思)!!!』
光と風が晴れる。フリースの周辺の地面は抉れ、その内なる茶色を覗かせている。
そして、彼女の手には一本の剣。
それは中世の騎士が持つような、質素で、気高き牙。
剣の周りの空気は、そのあまりの気迫に歪んでいる。
「それで私を絶とうと言うのか。お前が、この私を殺そうというのか・・・・・・・・・フリイイィィィス!!」
押し殺すような叫び声。
ナギサが突撃する。
それは、荒々しさが全く感じられない。無駄の無い、目標への即時到達を念頭においた疾走。
それは、空気を押しのけて進むのではなく。空気を切り裂いて進む。
ぼっという空気との摩擦音と共に、ナギサの刀が振り上げられる。
刃が神速のごとき勢いで空間を滑る。
しかしフリースは、それを縦一文字に剣を一閃し、退ける。
負けじとナギサは次々に太刀筋をつくるが、フリースはそれを全て、的確に迎撃する。
ナギサが、荒々しく刀を振るうのに対し。フリースの閃はまるで舞踏だった。
片手だけで持った剣は、襲い来る刀を弾き返すのではなく、そっと軌道を変えて、逸らす。
次々と矢継ぎ早に繰り出されるナギサの一閃は、そう易々と軌道を変えれるものではない。
その一撃一撃が、必殺。
当たれば確実に死ぬ、渾身の太刀。
「ナギサ、退いて!」
理代子の合図と共に、ナギサは一瞬のうちに数メートル後ろまで引く。
それと同時に、理代子の手の平から光球が放たれる。
その威力は、先ほどまでミホやフリースに向けて撃っていたものとは、まるで格が違うものだった。
音をも超越した速さで、光球はフリースを射殺さんと疾走する。
眼前に、迫る。
それを、フリースは殆んど直立の姿勢で繰り出したハイキックで弾いた。
靴の裏から、ぶすぶすと煙が昇る。
「な!?なんて出鱈目な『ミホ』なの!あんなの反則じゃない!!」
「ご苦労理代子。危ないから下がれ!!」
ナギサが、刀を地面と平行に構える。
『ソード・オブ・イシュタル(赴く凶神の刃)!!』
その言葉と共に、地面から無数の刃が突き出す。
それは猛烈な勢いで伸びると、まるで蛇が群れるように集団でフリースに襲い掛かる。
その刃数ざっと五百前後。そんなにも多くの刃が一斉に突進してくる。
きん。
それは、風鈴の音にも似た、静かで雅な音。
その、あまりにも静かで上品な音と共に、無数の刃達が砕け散る。
それも、ほとんど原型を留めないほど微塵。
フリースは素早く次の行動に移る。
ぶん、という空を切るスイングの音と共に、フリースは己が得物を投擲した。
ぶおん、ぶおん、とゆっくりと放物線と描きながら剣は飛ぶ。
そして、吸い込まれるようにナギサの胸に突き刺さった。
「ふっ―――――――――っがっはあああぁぁ!!」
ほぼ同時に、ナギサの口から血が噴出す。一体どこから出ているのかというほど、その血柱は高い。
引き抜こうと、突き刺さった剣の柄にナギサはその両手をかける。
「――――――お先にどうぞ」
フリースの言葉と同時に、剣が爆ぜた。
ぼん、というくぐもった爆発音。
そしてぐしゃぐしゃに破壊されたナギサの胸部から、肉片が飛び散ったり、垂れ落ちたりしている。
肋骨も、肺も、心臓も、およそ人としての活動を維持するのに必要な、胸に入っているべき臓器などが全て吹き飛んでいた。
「いっつううぅぅ・・・・あれ?」
ミホは、殴打された後頭部をさすりながら起き上がった。
はて、天国とは案外ふつうの世界と変わらないのかな?などと寝ぼけたことを思っていると、背後で爆発音がした。
振り向くと、胸にぽっかりと大きな穴が開いたナギサがいた。
そして、明らかにその原因と思われるフリースの姿もあった。
急いでフリースの元に駆け寄る。
「だいじょうぶ、フリース!!」
「あ、ミホさんですか。だいじょうぶです。あの『ミホ』も、倒しました」
その言葉に、ミホはほっとして胸を撫で下ろす。
「ぐがが・・・・・・安心するのは、まだ・・・・早い」
ミホとフリースが同時に、同じ方向を向く。
そこには、胸に穴が開いても未だに死ねないナギサの姿があった。
「・・・・・・・私の後ろの、この、白い小屋の中に・・・・『主』がいる」
「な!?」
『主』が、ナギサの背後にある白い小屋の中にいる。
その言葉は、この戦いの終わりを意味していた。
『主』に会えば、この無益な戦いが、もうこれ以上血を流さずに終わるのかもしれないのだ。
「ほんとうなのか!?それは!」
「ああ、だが・・・・・・・・扉が開くには、条件がある」
「なんなのそれは!」
ミホとフリースが問い詰める。
それに、ナギサはは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ネツァク以外の、全ての『ミホ』が・・・・・・・・・・・死ぬことダ!残っている『ミホ』は、私を除いて、あと二人・・・ちょうどよかったな!!」
ナギサが、高らかに笑い声を上げる。
ミホとフリースの貌から、色が消える。
ミホ以外の『ミホ』が全て死ななければ、『主』への扉は開かない。
最後の一人になるまで、『ミホ』たちが戦わねば、この争いは終わらない。
二択。
そのどちらにも、死の匂いが付き纏っている。
ミホは、愕然としていた。
透は、いったい何のために必死になったのか。そう思うと胸が痛い。
彼は、一人でも犠牲者が少なくなるようにと努めてきた。
そのために、いくつもの修羅場や死線を乗り越えた。
ただ、命を救いたかった。
だが、結果はどうだ?
この戦い、最初から殺し合いを前提にしたものだった。
それに抗って、命を救おうとした。
無駄だった。
「どっちをとるかは・・・・お前らの自由だ、各々に意義のある・・・・・・方を選択するんだ、な」
そこまで皮肉を言うと、ナギサは息絶えた。
糸が切れたように、がくりとナギサの体が傾く。それを寸での所で理代子が抱きかかえた。
彼女の表情は、遠目から見ても分かるほど悲しみに満ちていた。
彼女は、なぜナギサがここまでするのかという理由を知っていた。
だから、彼が倒れた時。胸の中に恐怖が拡がった。
志半ばで息絶える姿が、亡き兄と重なった。
実際に見たのは、死亡通知だけだが。
ナギサの息絶える姿は、なぜか、見たはずの無い兄が息絶える瞬間と重なった。
「いってらっしゃい。兄さん・・・・・・・」
ナギサの遺体が、灰に変わっていく。
ぼろぼろと、抱えた箇所も崩れ落ちる。
遺体は、すぐに全て灰に置き換わり、風に舞って消えた。
残ったのは、胸の部分がズタズタになった兄の服と、一本の刀。
『もし、私が死んだら、この刀をあの青年に預けて欲しい。それだけ頼む』
脳裏に、生前のナギサの言葉が浮かぶ。
鞘に収まった状態の刀を、ぎゅっと抱きしめる。
そして、刀を『ミホ』たちの方に投げた。
受け取った『ミホ』たちは不思議そうな視線を返して訊ねてくる。
「その刀を、あなた達の『枷』の哉原 透って人に渡してほしいの!お願い!」
理代子の嘆願に、ミホとフリースは頷くだけで答えた。
そして、理代子は岬を去った。
目の湛えた涙が歩く震動で、ぽろぽろと零れ落ちる。
声を出して泣きそうになるのを堪えて、理代子は走った
「・・・・・・・・・・・あ」
目を覚ますと、ミホとフリース。それに高志までもが自分の顔を覗き込んでいた。
その様子から、自分が気絶していて、まだあの岬にいるのだと認識する。
「あ、目が覚めたみたいだ。おーい、大丈夫っすか?先輩」
「ああ、なんとか・・・」
そう言って、透は体を起こす。ナギサの蹴り飛ばされた腹部の痕が痛む。
見ると、ミホとフリースの格好はボロボロだった。
その様子から、先の戦いがいかに激しく、壮絶なものだったのかを改めて知る。
「だいじょうぶ・・・・なのか?ミホ。それにフリース」
「うん、わたしもフリースも全然だいじょうぶだよ、透」
「はい、重傷といえるような傷はありません」
透の問いに、二人とも笑顔で答える。
でもなぜか、透にはそれが、なぜか酷く無理をしているように見えた。
「そういえば、先輩が起きたら話したいことがあるって言ってたよな、二人とも」
高志が本当に何気なく二人に訊ねる。
すると、明るく振舞っていた二人の表情が曇った。
「その・・・・この戦いを始めた『主』に会う方法が見つかって・・・・」
ミホは、透と高志にナギサから聞いた話をすべて打ち明けた。
透も高志も、黙ってそれを聞いた。
『主』に会うには、ミホ以外の全ての『ミホ』が死ぬこと。
そして、残っている『ミホ』はあと二人だと言うこと。
話し終わっても、しばしの沈黙が流れた。
誰も口を開こうとしなかった。
日は、すでに沈み始めていた。オレンジに染まった岬で、重い沈黙だけが過ぎる。
そんな中、フリースが急に歩き出した。
高志が、その背中に視線を送る。あまりの消沈に、彼女が何処に向かっているのか気付かない。
ミホも顔を上げて、同じようにフリースの背中に目を向ける。そして、フリースがどこに向かっているのかに彼女は気が付いた。
駆け出す。
「フリースそっちは―――――ッ!」
「こないでください!!」
ミホの呼び止めを、フリースは大声で制する。
駆け寄ろうと踏み出したミホの足が止まる。
そして、透が俯いた顔を上げる。その視線の先には、目に涙を浮かべたフリースの姿があった。
「な、なにしてんだよ・・・フリース。戻れよ」
彼女が何処に向かおうとしているのかに気付いた高志が抑揚のない声で呼び止めようとする。
だが、彼女は答えない。
透が、絶望に鈍った頭で気付く。彼女が向かっているのは・・・・・・・この岬の崖だ。
昔一度だけ、覗いたことがある。その高さは、人が死ぬには充分過ぎる高さがある。
彼女が、崖の一番端にたつ。
「わたしが死ねば・・・・・・・・・・・・『主』への扉が開きます」
「なんだよ・・・なに言ってんだよ、フリース。お前が死ぬことはないんだ。戻ってこいよ、帰ろう家へ」
高志の呼びかけに、フリースは首を振る。
「ごめんなさい、高志さん。でもわたしは・・・・・・ミホさんに『主』に会ってほしいんです。そして、この戦いが本当に意味あるものだったのかを見てきてほしいんです」
「・・・・・・・・・・そんなの、そんなのはどうだっていいじゃないか!俺には、お前以上の存在なんて無いんだ!!」
高志が叫ぶ。精一杯の告白と、呼びとめ。
それに、フリースは、母のように優しく微笑んで答える。
「わたし一人の命なら、軽いほうです」
「・・・・・」
淡々と語るフリースに、高志は返す言葉がなかった。
日常生活でも、彼女のあのような慈愛に満ちた微笑は見たことがなかった。
そして、それが自分に向けられたものじゃなんだってことが、すぐに分かった。
それが、どうしようもなく悲しい。
「フリース・・・一度でいいから俺のこと―――――!」
そこまで言いかけて、高志は言葉を飲み込む。
それは、彼女の視線が、告げていたからだ。
「頑張って下さいね、ミホさん・・・・・・・・・・・・・・透さん」
フリースの体が傾いでいく。
ゆっくりと、後ろに倒れていく。彼女はそれを、手を大きく広げて受け入れた。
高志が走る。手を伸ばす。
もう少しで、フリースの手が掴める距離まで近づいた。
伸ばせば、彼女を崖の上に引き戻せる。
彼女を、失わずにすむ。
だが、掴むことが出来ない。
掴むことを、体全体が拒絶した。
それは、見てしまったからだ。
落ちていく彼女の表情が、とても穏やかだということを。
視界から、フリースの姿が完全に消える。
数秒の間の後に、命の灯火が消える音が聞こえた。
高志には、下を見てフリースの遺体を見る勇気はなかった。
膝をついて、さめざめと泣き始めた。
涙が溢れてきて、どうしようもなくなった。
「なんで、なんで、お前は一度も・・・嘘でもいいから、言ってくれないんだ・・・・・・・・俺のことを『好き』だって・・・嘘でも、なんでもいいのに・・・!」
両手を、何度も何度も地面に打ちつける。
手が、真っ赤に腫れ上がる。血が、じわじわと滲み出る。
「嘘でいいのに、偽りでいいのに・・・なんで、お前は先輩のことばっかり・・・・・!」
高志の泣き叫ぶ声が、夕焼けに沈む岬にこだまする。
日が傾いでいく。
波音が、やけに近くに聞こえた。
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