「では御気をつけてお戻りくださいませ。御館様」
「うむ、お主もな。しかし、今回は本に良い収穫であった。こんな真夜中にわざわざ赴いた甲斐もあるというものよ・・・」
「彼は、それほど『門』の所有者に相応しいのですか?」
「ああ、あの小僧が持つであろう『門』と、我が『天球計画』を併せれば・・・」
「『天球計画』・・・?それはどのようなものなのですか?」
「ふふふ、それはこの件が片付いてからだ。事が終り次第、余の元に寄るが良い。では」
そうとだけ言い残し、黎明の乗ったヘリのドアが閉まる。
ローターの回転が、激しさを増した。
内藤が機体から離れると同じぐらいに、ヘリの車輪が地から離れる。
そして、瞬く間に空高くへと上昇していった。
それを見つめる、内藤の表情は険しい。
「それでは、奪還作戦の開始は一時間後!各自準備を怠るな、以上!」
奪還作戦の内容が明細に書かれたぶ厚い資料を携えながら、英翔は作戦室を出た。
そして、すぐさま資料のページを何気なくパラパラと捲る。
英翔と響次は、国連から送られた新型の戦闘機に搭乗し、東京都内に侵入。
UCAV等の警戒網を強行突破し、都内に降下する。
それが、これから一時間後に行われる。
一旦家に戻るには一時間は短いが、この仮設本部に留まって暇を明かすには長い。
いっその事遺書でも書いておこうかと思った矢先、背中を軽く叩かれる。
「おい!どうした、英翔。元気ねえぜ?」
「あ、ああ・・・・・こんな大役をいきなり任されたし・・・さっきの真門の当主の訪問が堪えて・・・」
苦笑しながら返す。
思い返すのは、さきほど訪れた真門当主の事だ。
まさか、あれほどの圧倒的存在感であった。
あの人物の前では、自分など道を這い蹲るアリに相当するかも怪しい。
内藤を隣に従え、悠々と佇むあの・・・・・・。
そこまで考えて、英翔は一つの疑問に当たった。
あの時、横に立っていた内藤の服装は、相変わらず汚れたままだった。
プレゼン会場から脱出したスーツから、未だに着替えていないのだろう。
「そういえば響次、内藤さんまだスーツ着替えてなかったね。いくら忙しいとはいえ、あんな格好で真門の当主の隣に―――――なに?」
不思議そうに呟く英翔の顔を、心底呆れたという表情で響次はじっと見つめていた。
そこには、半ば諦めのようなものも見える。
「・・・・お前ってさ、ホンっっっっっトに、鈍感だよな」
「そこまで強調しなくても・・・」
「いーや、そこまで強調する必要がある。お前な、よく考えてみろよ?お前が仮設本部の医療室で目が覚めたとき、一体誰が隣にいた?」
「え?内藤さんだけど―――――」
そこまで言って、英翔は目を剥いた。
確かに。
響次に力一杯「鈍感だ」と言われても、仕方の無いことだ。
「内藤が、腹を掻っ捌かれて倒れてるお前をここまで引きずって来たんだよ。自分も早く脱出しないと、命が危ないっていう状況でな」
「な、そうだったのか・・・でも、なんで・・・」
「知るか。でも、オメエはそれだけ、あいつに信用されてるっつーか。大事にされてんじゃねえのか?」
言葉が出なかった。
響次の口から出る言葉の一つ一つに、ただキョトンとしていた。
あの内藤さんが、自分をそこまで重要に見ている・・・。
なら、それに応えない訳にはいかない。
内藤さんの恩返しと、聖剣を取り返すという意気込みと、貴子さんの仇を取るという意気込みが心の中で混ざっていく。
それは混沌としていない。
それどころか、何処か清々しさすら感じられる、決意。
自分は、ただ一人ではない。
ただ一人の問題でもない。
多くの人々と、多くの想いと、多くの責任が自分の肩に掛かっている。
もう、プレッシャーは感じなかった。
そして、一時間の後。
夜明けまで、もう幾許もないというような時間帯。
作戦は開始された。
東京の奪還。
照明に照らされる仮設本部周囲は、準備に追われて忙しなく人が行き交っていた。
それぞれの手には、書類やら工具やら、多種多様なものが握られている。
その一角で、英翔と響次は服を着替えていた。
さきほどまで着ていた私服。
英翔はジャージ。響次はライダースーツ。
それらを脱いで、さきほど自衛隊員から手渡された服装の一式を丁寧に着ていく。
さすが戦場に来ていく服装だけあって、着方の説明書が付属していた。
順序に従いながら、間違えないように着る。
「着替え終わったか?エイショー、キョウジ」
しどろもどろと、やっとのこと着替え終わった二人のもとにガルボが来た。
彼は今回、この本部に残って作戦の総指揮を執る。
といっても、東京都内はナノマシンの電波の影響により、無線での連絡は不可能だ。
従って、本部に残る彼に課せられる仕事は自ずと事務処理となる。
いたって肉体派に見えるガルボに、そんなデスクワークが出来るのかどうか疑問だが、仕方ない。
第一、いまの東京に行っては、人間では無事に帰って来れないだろう。
「はいはい、着替え終わりましたよ旦那・・・・でも、一体なんだこの服はよぉ」
支給された服装のジャケットを摘みながら、響次は不満の声を上げる。
どうやら彼のパンクスタイルに、この服装はそぐわないらしい。
「これは、今作戦の為に特別に支給されたライト・ランドウォーリアー装備。
お前達が最初に来た、ゴムに近い質感のスーツがあっただろう?」
「ああ、これですねガルボさん」
英翔が、ジャケットの下に来ているスーツを指し示した。
ダイバースーツのように、全身にぴっちりとフィットするそれは、体のラインが浮き彫りになる。
所々に紐があり、きつさを調節できるようになっている。
だが、動きを阻害するとい感覚は微塵も無い。
「それはただのゴムスーツではない。まだ一般には公開されていない特殊な化学繊維製で、耐熱耐寒、耐衝撃に優れている。
実験の結果を見れば、一応はライフル弾の貫通も防げる。さらにはセンサーも内臓されていて、お前達の身体状況を逐一知らせてくれる。
まあ、電波が妨害されている東京都内では無意味だがな。出血等は自動で感知し、すぐに止血を行ってくれる。
ただ骨折や内出血は無理だがな。あと毒も」
「あー・・・もう良い、分かった。ようするに、すんげえハイテクなダイバースーツってこったろ?」
「根も葉もないな・・・。ちなみにジャケットとブーツは普通の物だ。さして特別な点はない」
響次の発言に苦笑しながら付け足す。
「それと、得物はどうする?一応あっちに一通り用意しておいたが」
「あ、俺要るー」
「私も見ておきます」
すっかり戦闘服に着替え終わった二人は、ガルボの後に着いていく。
すると、そこには良く学校等で見られる簡易の長テーブルがあった。
そしてその上に、様々な武器が並べられている。
拳銃に始まり、アサルトライフルから大型機関銃。果てにはスティンガーまで並べられている。
さながら武器市のような様相をしていなくもない。
英翔と響次は、それらの得物を手にとって吟味していく。
「お!良いね、俺これに決ーめた」
得意げに響次が持ち上げた武器。
それは50BMGという怪物的な弾丸を発射することが可能なライフル。
「Barrett Light 50 Model 82A1 」、通称バーレット。
対物ライフルという分類に括られるこのライフルは、対物の名が指すとおり、主に建造物や軽装甲車相手に使用される。
その威力は余りに強大で、銃口には過度とも見えるマズルブレーキが施されている。
アウトレンジからの狙撃をも可能とするが、高すぎる威力のため対物ライフルでの対人狙撃は国際的に禁止されている。
余談ではあるが、徹甲焼夷弾を用いる事により航空機や軍用車両の貫通も可能としている。
そんな銃を、響次は二丁も手に取った。
ジャケットに備えられたポケットに、予備の弾とマガジンをありったけ突っ込んでいく。
英翔はそんな響次に度肝を抜かれつつ、一つの武器を手に取った。
銃器がずらりと並べられている机の上にあった、一本の刃物。
それは、日本刀に似ていた。
だが、それは一目で日本刀とは異なることが明瞭に判る。
確かに、基本的なシルエットは日本刀だが、印象で言えばそれはコンバットナイフなどの近代の物に近い。
鍔はなく、柄もラバーグリップで、手にフィットしそうな凹凸がつけられている。
そして、柄と刃の境目の近くに、ボタンが取り付けられていた。
人間、こういうものには結構興味をそそられてしまう。
「注、自爆ボタン」と書かれていても、無性に押したくなってしまう。
「触れるな危険」と、何が危険なのか明記されていない物にはさらにだ。
しかもこのボタンは、下に「CAUTION」と小さく書かれているだけだ。
さり気なく、押そうとしたときだった。
「止めとけエイショー」
「あ、ガルボさん」
後ろからいきなり声をかけられたのにも関わらず、英翔はさして驚く様子もない。
こういうボタンを押そうとするときは、決まって制止が入るのがセオリーというものである。
「いくらお前が両極と言えど、それを下手に扱えば腕が飛ぶぞ?」
「え・・・これってそんなに危険なものなんですか?」
「貸してみろ」
英翔から、日本刀のような刃物を強引に取り上げる。
そして、なんの躊躇も無くボタンを押して。
その瞬間、日本刀の刀身が揺らいだように見えた。
しかし、見間違えだったのか。今は微塵も振れてはいない。
ただ、ボタンが押された柄から重い振動音が聞こえてくる。
「見ておけ」
そう言って、机の上に並べられている拳銃を一丁。ガルボは手に取る。
その銃身に、日本刀の刃をゆっくりと近づける。
もう少しで銃身に刃が触れるか否か、そんなギリギリの距離まで。
あっという間の、出来事だった。
ガルボは、日本刀のような刃物を、ゆっくりと振り下ろした。
それはまるで合成された映像のように、刃はガルボの腕の動きに合わせてゆっくりと銃身を通過した。
からん、と音を立てて、銃身が地面に転がる。
己が目を疑う光景だった。
いくらあの刃物がどんなに鋭利でも、いまの科学力でここまでの切れ味を出せるものなのだろうか。
「どうだ?すごい切れ味だろう」
「・・・・」
無言のまま、英翔は切り落とされた銃身を拾い上げる。
その断面はまるで、徹底的に磨き上げられた鏡だった。
細い断面に、自分の顔が映っているのが見て取れる。
「これは一体・・・・」
「驚くのも無理はない。このサムライソードは、刃が振動しているのだ」
「振動・・・・?」
「そうだ。このサムライソードの刃は肉眼では確認出来ないほどの速さで振動している。
そしてその振動させた刃で、物体を切ればこのようになる。原理で言えば、チェーンソーが近いな」
つまり、これはとんでもなく鋭利で、とんでもなく良く切れる刃物といことだ。
こんな細い刀身でも、恐らく車一台ぐらいは両断できるだろう。
「これ貰って良いですか?」
「無論だ。それ、替えの刃も持って行け」
何本のも鞘が、英翔に手渡された。
その中には、この日本刀と同じ刃が入っている。
「そのサムライソードは、超振動させているため刀身の金属疲労が激しい。定期的に交換するんだな」
「わかりました」
英翔は手渡された予備の刃、計三本を腰のベルトに提げる。
そしてそれと一緒に、エクスカリバーンの鞘も。
この日本刀もどきでは、あの聖剣の代わりになど到底なれない。
しかし、いまは耐えるのだ。
あの男から、鞘の中身を取り返す。
それまで、これは枷であり、戒めでもある。
聖剣の力に奢っていた自分への。
にわかに周囲がざわめく。
皆、一様に空を見上げていた。
彼らの視線を釘付けにするもの。
それは、もう夜明け間近の空を劈いて現れた。
二つの大きな黒い影が、風を巻き起こしながら降りてくる。
切り裂くように現れた二つの影は、戦闘機だった。
それは、滑走路も管制塔もない仮設本部の目の前に、垂直に降りてくる。
機体の側面に取り付けられたノズルから、ジェット噴射が行われている。
それにより、ヘリのような垂直の着陸を可能としているのだ。
「着いたか・・・!」
その二機の戦闘機を見つめ、ガルボが呟く。
そして後ろで待機している響次と英翔に向き直った。
「いいか、今からお前達はあれに乗って一気に東京都の都心部まで行く!気後れするな!」
言葉はない。
二人は、頷いてそれに答えた。
気後れする気は毛頭ない。
覚悟はすでに決まっているのだ。
「あ、そうだ。ヴィードルッシェさんはどうするんですか?」
「あいつは別働隊だ、お前らが突入した後に空間転移で行く」
空間転移。
さすが御三家と目される家の人は違う。
空間転移など、よほどの才があっても習得できるような代物ではない。
英翔も一応は使えるが、場所を指定するまでには至っていない。
「さあ、もう質問も未練も無いな・・・。搭乗!」
ガルボの手から、ヘルメットが二つ放られる。
それを二人はキャッチした。
そして、それぞれの戦闘機に乗り込んでいった。
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