空を、忙しない音が劈く。 それは、ビルの合い間を縫いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。 そのヘリの一団に向って、英翔はビルの屋上から発煙筒で合図を送った。 するとヘリは、半ば倒壊しかかったビルの屋上に縄梯子を垂らし、何人かが降りて来る。 その先陣を切っていたのは、ガルボだった。 彼は前線で指揮を執っていたはずだが、わざわざ出迎えに来てくれた様だ。 ガルボの後に続くように、縄梯子から数名の武装した兵士が滑り降りてきた。 そのジャケットには、国連のマークがプリントされている。 「大丈夫か、エイショー?」 「はい、大丈夫です。もう、全て、解決しましたよ。それと、もうヘリを飛ばして大丈夫なんですか?」 「ああ、UCAVも、ナノマシンで操られた民間人も止まった」 事件が解決したというのに、ガルボの返事は暗かった。 そういえば、市ヶ谷駐屯地から通信をいれたときに、国連と揉めていると言っていた。そのことが関係しているのであろう。 「それより、核が発射された時は肝を冷やしたぞ。前線に出ているお前は、助からないだろうと思った」 「この剣のおかげですよ・・・」 「む、エクス・カリバーンか。それで、確保したのは何人だ?」 「・・・・誰も、いません。一名の遺体だけです」 英翔は、そう言ってコウタカへと指差した。 その遺体を見て、ガルボは兵に収容袋を持ってくるように指示する。 「? あそこにいるのは誰だ」 「あ、貴子さん、それに霧恵さんと結ヱさんです」 「霧恵に結ヱ・・・・ああ、前回の査問会の時に報告のあった姉妹か。そうか、あれがか・・・。しかし、何故姉妹らがここにいるのだ」 「私の身を案じて、駆けつけてくれたんです」 ガルボと英翔のもとに、貴子は霧恵に肩を支えられながら歩いてきた。 足下は覚束ない様子で、霧恵の支えが無ければ立っていることさえ危な気である。 コウタカの死を目の当たりにしたショックと、今までの疲労が重なって襲ってきたのだ。 「良くぞ無事でした、香坂女史」 「ありがとうガルボ・・・お願いだけど、早くヘリを出してくれない?」 「承知しました」 全員が乗り込むと、ヘリはゆっくりと上昇し、ビルの屋上を後にした。 半壊したビルが遠ざかり、帰路に着く。 空からは、今回の事件の全貌がよく分かった。 街の至る所から黒煙が上がり、大破した戦車や乗用車が無数に転がっている。 だが、人は一人もいない。 痛切な傷が残る戦場を、英翔たちは後にした――――――。 「どういう・・・こと・・・?」 辛うじて発せられたその声は、震えていた。 信じられないといった表情で、貴子は呆然と立ち尽くしている。 「出来れば、何度も言わせないで欲しいな・・・今事件の首謀者であるコウタカの遺体は国連に引き渡す。これは決定事項だ」 だが、内藤は容赦無く繰り返した。 ヘリで、東京の端にあるこの仮設本部まで戻ると、一行を迎えたのは内藤だった。 相変わらず、漆黒のスーツに身を包み、毅然とした態度で立つ姿は、彼が実はまだ二十歳に至っていないということが信じられないほどである。 降り立った英翔とガルボを労い。 初見の霧恵と結ヱに挨拶を交わし。 敵に拉致されたという(もちろん嘘である)、貴子の心情を案じた。 そして、コウタカの遺体が入った袋を国連の多国籍軍兵士に運ぶように指示を出したのだ。 それを見た貴子は、泡を食って止めに入った。 だが、そんな貴子に内藤は冷淡だった。 国連が、今回の兵器プレゼンを台無しにし、国連とその加盟国の面子を丸潰れにしたとして、その身柄を要求している旨を告げた。 「でも、あの人はもう死んでる・・・!今さら国連に引き渡したって――――ッ!」 「向こうは、死体でも構わないそうだ」 「そんな・・・、死体なんかどうする気なの!?」 「私にそんなことは分からないが・・・・相応の仕打ちは受けるだろう。しかし解せないな。何故、貴方がこの首謀者をそこまで庇うのだ?」 (不味い・・・!) 内藤と貴子の会話を聞いていた英翔は、焦った。 彼は・・・いや、KOTRTは、コウタカが貴子の義父であるという事実を知らない。いや、知られてはならない。 貴子は、事実上敵に捕まっていたということになっている。 だが、事件の首謀者であるコウタカが実は義父であったと知られれば、状況は激変する。 否応無しに、嫌疑の目が向けられるであろう。KOTRTの第一席としての地位を剥奪されるどころか、下手をすれば死刑になる危険もある。 それでなくても、今回の事件で国連は相当な辱めを受けた。その怒りは計り知れない。 コウタカを、死体でもいいからよこせと言うほどだ。もし貴子が関係者であったとバレれば・・・どんな風に嬲り殺されるのか、想像もつかない。 何としても、最悪の事態は回避せねばならない。 「内藤さん、貴子さんは、喩え犯罪者であっても、酌量の余地はあると言いたいのではないでしょうか?」 「黒咲・・・お前は口を挟むな」 「いいえ、言わせて貰います。いくら彼がこの事件の首謀者であったとしても、少し過剰ではないでしょうか。彼は、このまま静かに墓に入れるべきです」 「・・・私も、出来ればそうしたいさ」 「―――――え?」 思いもしなかった返答に、英翔は虚を衝かれた。 まさか、彼の心の中にも、コウタカを静かに眠らせてやりたい気持ちがあったのだろう。 「だがな、悔しいがこれは国連側の意向だ・・・私程度の地位の者では、とても意見など出来ない。赦してくれ」 「内藤さん・・・・」 肩を竦める内藤の背後から、何人もの多国籍軍兵士が走り出てきた。 彼らはコウタカの入った収容袋を、数人がかりで持ち上げた。 そして、向こうに待機させてある輸送ヘリまで運ぼうとした。 「待って!!」 その瞬間、貴子が叫んだ。 兵士はその声に驚き、思わず身が強張る。 その隙を衝き、貴子は常人ならざる脚力を活かし、瞬く間にコウタカの遺体が入っている袋へと疾駆する。 「止めてよ!彼を、彼をこれ以上苦しめないでよ!!」 そして、収容袋を兵士たちから奪い取ろうと、強引に引っ張る。 目には何時の間にか涙が浮かんでいた。 だが、それに気付きもせず、貴子は必死にコウタカの入った袋を奪おうとする。 「返して!返してよ!もう死んだんだからいいでしょう!?これ以上、何があるっていうの、何をしたいの!?もう何も残ってないんだから、  彼から、もう何も奪わないであげてよ!せめて・・・せめて最後ぐらい、静かにさせてあげてよ!!」 悲痛で、痛切すぎる叫び。まるで泣きじゃくる子供のように、貴子は袋を引っ張る。 その姿に、兵士たちは狼狽した。 こんなにも懸命に引き止める者を、どうやって突き放せというのか。人としての良心が、軋むようにそう囁く。 「構わないで、そのまま運んでください」 「!?」 急に割って入った手は、貴子をいとも容易く袋から引き離した。 貴子は、驚愕した。 その、制止に入ったのが・・・英翔だったからである。何故、彼が割って入ったのか。 何故、コウタカと私を引き離すのか。 「い、いや!離して、この手を解きなさい英翔!!」 「それは出来ません、私は、コウタカに続いて貴子さんまで失いたくない・・・!」 抱えた腕の中でもがく貴子を、英翔は懸命に抑えた。 爪が食い込み、肉を裂く。血が滲むが、すぐに癒えて傷はなくなる。だが、すぐに爪が次の傷を作る。 回復が、全く追いつかない。 英翔の両腕は、あっという間に肉食獣にでも襲われたかのような様相となった。 「離して・・・・離してよお、英翔・・・・・・・・・お願い・・・・ねえ・・・」 叫びは、何時の間にか懇願へと変わっていた。 貴子は、腕の中で力なく頭を垂れ、身体は小刻みに震えていた。 腕に、血ではない冷たさが感じられた。それが、腕の上に落ちた貴子の涙だと理解するのに、数秒かかった。 その目の前で、輸送ヘリの扉が閉まった。 その中には、もうすでにコウタカの遺体が入った袋が担ぎこまれていた。 ローターが回転し、ヘリはゆっくりと地から足を離すと、上昇した。 そして、行き先の分からぬ空の先へと向って飛びたつ。 「待って・・・もう、私を置いて行かないで・・・・・・・もう、一人は嫌だよ、怖いよ・・・・コウタカ!!」 掻き切れていた、叫びだった。 感情のままに声を発していた声門から、血が滲む。 だが、それでも貴子は構わず声を張り上げ、叫ぶ。 たった一人の義父に・・・・最愛の人に向って。 決して届かないと理解しつつ、叫んだ。 「う・・・・っうう、コウタカ・・・・ひっく・・」 「もう、帰りましょう貴子さん・・・・私達の、家へ」 腕の中で冷々と泣き出した貴子の耳元で、英翔は呟く。 それが、今の自分に出来る精一杯の慰め――――。 誰も、彼女の涙をとめることはできない。 誰も、誰も―――――。 沈痛な面持ちをしながら、内藤は書類を読み上げた。 そこにはこの事件の事の始まりから顛末までが、綿密に記されていた。 それを内藤は、玉座に深々と腰を下ろしている真門黎明に向って、それを読んだのだ。 だが、内藤が淡々と読み続ける間、黎明は、両脇に控えている二人の着物を着た少女の髪を物憂げにいじっているだけで、 ちゃんと聞いていたのか不安になる。 「・・・それで、終わりか?」 「はい。今回の東京占拠、これで全てです御館様」 「・・・そうか、やはり失敗したか」 さも当然、と言った風に、黎明は吐き捨てた。 その言葉に、内藤は目を丸くする。 「どういうこと・・・ですか?まさか御館様は、最初からあのコウタカという男が失敗すると――――ッ!?」 「無論だ、あの程度の羅種に予は何の期待もしてはおらん」 「では、何ゆえこのような事を!」 「これを見てみろ」 そう言って、黎明は懐から一束の書類を取り出し、内藤の目の前に放った。 それを拾い上げると、内藤は目を通していく。 そして、己が目を疑った。 「・・・・これは―――――ッ!?」 「そう、それこそが予の真の考え・・・コウタカの東京占拠失敗を足踏みとした上で考案した―――――“天球計画”」 「これが、天球計画・・・。しかし、これほどのモノを一体何に使うおつもりですか」 「別脈種が――――――、否、人類がかつて太古に交わした誓約を果たすための、その大いなる最後を飾る最大最後の破滅への調べ・・・・」 天球計画と銘打たれた計画書を読みながら、内藤は身震いした。 そこには世界を破滅へと導く、狂気ともいえる内容が書き連ねられていた。 こんなモノの為に、今回の事件は起こったのか・・・・・。 そう思うと、内藤はなんとも言えない気持ちになった。 一体、何百人が死傷したか分からない。 その数え切れない血を踏み台にして、人類史上最兇の狂気が動き出したのだ。 「これで、我が母君の願いも叶う・・・・ふふふ、あはははは。はーっはっははははははは!」 黎明のその笑い声は、少年のように透き通り。 吹きだす泥の様に濁っていた。 新たなる絶望が英翔たちを苛むのは、最早、時間の問題だった―――――――。
-back-