「くくく・・・そのちゃちな玩具で私を斬る気か、狼よ?そんなものでは到底――――――この聖剣には届かんぞ」
英翔の構えた日本刀モドキを見て、嘲笑と共にコウタカは懐から一本の剣を引き抜く。
それは鞘に収まっていない、抜き身の聖剣。
エクス・カリバーン。
最強の物理的破壊能力を持ち、一国さえ塵に帰す。
神聖にして至高の、古の王の遺せし絶対の力。
「・・・お前には、その聖剣は扱えない。絶対に」
「なんだ、そのハッタリは」
「脅しじゃない。あくまで忠告だ。その聖剣は、全く意味を成さない」
嘲笑が、コウタカの表情から消えた。
代わりに、切るような笑みが浮かぶ。
嗤っている。
ただ、純粋に笑っている。
英翔の言葉は耳に届いていない、いま彼を占めているのは、聖剣から溢れる絶大な量の内気。
それは持つものに甘美を、相対するものに絶望をもたらす。
「その言葉の真偽・・・・この聖剣の威力を持って検証しようではないか」
「・・・来い!」
コウタカは、剣を軽く薙いだ。
まるで、空を飛んでいた蟲を掃うかのような、重みなどまるで無い一振り。
だが、そこから放たれた内気の衝撃波は必滅の威力を秘めていた。
最適化をしていないと、普通内気は外気に圧倒されて霧散する。
しかしエクス・カリバーンから放たれた内気は違う。
外気を押し退け、衰える事無く疾駆し、真っ直ぐに英翔に向かってくる。
あまりの威力に、空気は焦げ、切り裂かれる。
「 慟哭せよ、血に蠢く魔物――――――――“ガンバレル” 」
その触れれば灰塵に変えるだろう威力を秘めた衝撃波に、英翔は左腕を向けて叫んだ。
黒咲の血族に代々受け継がれ、蝕んできた忌まわしき禁術法。
身体改造術法の一つ・・・・ガンバレル。
その内に秘められた、感覚神経を改造して作られた模造品の変換式・・・・変換廻廊を全て叩き起こした。
変換廻廊の数は実に三百。その一つでも起動すれば、大体の錬精術は発動できる。
それを、三百。
今の英翔から溢れる内気は霧恵と同等――――――否、それ以上だ。
今までその力を封印していたとは言え、元々彼は別脈種の中でも飛びぬけて優れるとされる“両極”。変換式の規模は、一般の賢種の遠く及ばない次元。
封印していた変換式を解放、それに更に変換廻廊を起動。
彼に漲る内気は、何者の想像をも絶する。
肉迫した衝撃波を、英翔は左腕の正拳突きで打ち消した。
その打撃はエクス・カリバーンから撃ち放たれた内気を相殺する。
数千人分の人間の魂を使って鋳造された、エクス・カリバーンから放たれた衝撃波の威力は実に艦砲射撃並み。
対する英翔は、それをたった一撃の正拳で事も無げに相殺して見せた。
これには、流石のコウタカも驚きの色を隠せなかった。
「・・・まさかな、お前の左腕も“ガンバレル”だったとはな」
「お前の右腕もそうだろう、お互い様だ」
「ほう、気付いていたのか―――――――この私の右腕が“ガンバレル”であるとい事に」
最初、コウタカが英翔の前に姿を現したとき、民間人を薙ぎ払ったあの錬精術。
あれは、紛れも無いガンバレルによるものだ。
それに対峙したときにも、コウタカの右腕に輝くガンバレル特有の紋様も確認している。
「なんで、お前みたいな羅種がそんなモノを持っている。それは黒咲以外には、御三家しか持ち得ないはず・・・」
「・・・一つ、良い事を教えてやろう。この私の右腕のガンバレル・・・これはお前のガンバレルよりも何世代も進んだモノだ」
「・・・・!?」
「それに、黒咲にもたらされたガンバレルは元々は儀典用、戦いには不向きだ。だが、対する私のガンバレルは最新の戦闘型だ」
「何故・・・!?お前はそんなことまで――――――ッ!」
「お喋りはここまでだ、行くぞ狼」
英翔の言葉を遮る様に、コウタカは聖剣を振り上げた。
内気が溢れ出し、そのあまりの出力に空間が歪む。流石は三大偽神葬具に名を連ねる剣だ。
そこいらの刀剣系の偽神葬具とは次元が違う。
空間を侵すほどの内気を垂れ流しているエクス・カリバーンを、コウタカは問答無用に振り下ろした。
先ほどとは違う、気迫と殺意の篭った一心の一撃。
放たれた衝撃波もまた、先ほどとは桁違いの威力だった。
コンクリートで出来た床を抉り、吹き飛ばすように猛進する。
その荒ぶる一撃に、英翔は成す術も無く飲み込まれた。
衝撃波はあっと言う間にビルの屋上を飛び出し、そのまま拡散した。
ばらばらに散った衝撃波の残りかすは、それぞれ周りのビル群に飛び散った。
だが、そんな残りカスでも威力は絶大だった。残りカスの直撃を受けたビルは、たったの一撃で倒壊。
さらには道路や橋等にも飛散し、粉々に破壊していく。
コウタカは、衝撃波に抉られたビルの屋上で一人佇んでいた。
そこに、英翔の姿は無い。
彼の脳裏に、先の一撃で死んでしまったのかもしれないという不安が過ぎる。
まさか、あれだけで。すこし本気になっただけの、たったの一撃で、死んでしまったというのか。
それでは、あまりに期待外れ過ぎる。
そんな不安だった。
だが、それも杞憂に終る。
「ふーっ、危なかったー・・・」
ビルの屋上の端から、英翔が顔を出した。
そのまま、軽やかな動きで再び屋上へと上がる。
先の一撃を、英翔は屋上の端に掴まることでやり過ごしたのだ。
射線上にいた英翔は、咄嗟に衝撃波に背を向けて屋上の端まで駆け。そこにぶら下がって回避したのだ。
いくらガンバレルを解放しているからと言って、あんな威力の衝撃波とまともに対峙するのは分が悪い。
「・・・次は、逃げる暇などないぞ?」
「ええ、でも大丈夫ですよ。お前に、私は絶対に倒せない」
「戯れ言を――――!」
コウタカは、再び聖剣を振るった。
そこから吐き出された衝撃波は、先ほどのような絶大な威力ではない。
代わりに、切り裂くような速度だった。
そんな衝撃波を、コウタカは次々と繰り出した。
エクス・カリバーンを何度も振り下ろし、薙ぎ、突く。
その度に、神速の衝撃波が繰り出され、疾駆する。
はは、はははは。
胸中で、コウタカは嗤っていた。
聖剣を振るう度に、言い知れぬ快感が身体を突き抜ける。
何が、“絶対に倒せないだ”。
虚仮脅しもいい所ではないか。見ろ、この衝撃波の速度、切れ味。そして威力。
どれもが上級錬精術並みの威力を秘めている。一つでも当たれば致命傷だ。
この聖剣の前に、敵無し。
英翔は、矢継ぎ早に繰り出される衝撃波を必死に防いでいた、時にはガンバレルで、時には手に持った日本刀モドキで。
反撃の余地など、無い。
ただ慌てふためき、その時その時の攻撃に対処するだけで手一杯だ。
「消え去れ――――――ッ!!」
早々に決着をつけるべく、コウタカは行動に出た。
エクス・カリバーンの内気を、収束させる。
そして、特大の衝撃波を撃ち放った。
今までの中で、最大の威力。
先ほどまで矢継ぎ早に繰り出されていた衝撃波を避けるために体勢が崩れていた英翔に、かわす術は無かった。
極大の威力を秘めた衝撃波が、ビルの屋上を抉るではなく、破壊しながら疾駆する。
「・・・・待っていた――――この時をな!!」
その極大の衝撃波を前に、英翔は嬉々とした表情を浮かべた。
そして、迫り来る衝撃波に向かって堂々と立ちはだかる。
手を、腰に差し伸べ、そこから一本を引き抜いた。それは―――――――――。
エクス・カリバーンの鞘。
出撃の前に、日本刀モドキと一緒に腰に差しておいたのだ。
それを、いま解き放つ。
エクス・カリバーンの鞘。それは、傷ついた鞘の持ち主を癒し、生き返らせるという絶対守護の鞘。
それを可能とするのが、鞘に内包された究極の守護錬精術―――――“因果干渉”。
因果関係に干渉し、持ち主がケガをするという『原因』と『過程』を無視し、『結果』を改訂するという空前絶後の錬精術。
それが、この鞘の最大の特徴だ。
だが、それだけではない。
これは、史上最強の破壊力を秘めたエクス・カリバーンの、絶対守護の鞘。
内包された錬精術は、因果干渉だけではない。
例えば――――――。
「 内包術式展開。固有包術、“アイギスの盾” 」
鞘が霧散する。それは細かい粒子状となり、英翔の周りを取り巻く。
そして、それは英翔の前面に再構成されていく。
大きな盾が、英翔の目の前に造り出された。
中世、かつて騎士が戦場を駆け抜けていたころを思わせるデザインの意匠が施されている。
それは銀色に輝き、何者をも寄せ付けない。
絶対に。
盾に、衝撃波が直撃した。
その衝突は大気を揺るがし、鉄筋コンクリートで出来たビルをしならせる。
そんな衝撃にも関わらず、盾にはヒビも、傷も、汚れすら付いてはいなかった。
完全の、無傷。想像を絶する威力を持った衝撃波を、見事に防ぎきっている。
「・・・お前が私に勝てない理由を、教えてやろう。それは、お前がこの鞘を持ち得ないこと。ただ、それだけだ――――――ッ!」
「なに!?」
盾が、震えるように躍動した。
その瞬間、盾と鬩ぎ合っていた衝撃波が、その向きを変えた。
衝撃波が、反射されたのだ。
盾とぶつかり合っていたのが、嘘のように反対側に向き、疾駆する。
撃ち放った、コウタカ本人へと。
「謀ったな・・・!」
コウタカは反射された衝撃波を迎え撃とうと、聖剣を構える。
だが、渾身で放った極大の一撃が跳ね返ってきたのだ。到底、間に合わない。
無駄と分かりつつ、コウタカは聖剣を振るう。少しでも、威力を抑え様と。
「うおおおおおおおおおお!!」
絶叫と共に、コウタカは内気の衝撃の中へと包まれた。
全てを薙ぎ倒す、必殺の威力を持した破壊の渦に翻弄される。
身は焼かれ、裂かれ、帰される。
何人も生き残ることを許されない。
衝撃波は当然の如くビルの屋上を飛び出し、遥か後方まで突き抜けるように押し進む。
巻き起こす風圧だけで、周囲の建物は倒壊していった。
抉られ、殆ど形状を残していない屋上に・・・・英翔は立ち尽くした。
鞘は元に戻り、微かに煙が上がっている。
相変わらず、強い風が吹いていた。
コウタカが放った衝撃波と、それを反射したことにより、ビルの屋上はほぼ壊滅状態だった。
無事な箇所など何処にも無い。必ず、ヒビや傷が入ったり、粉砕していたりしている。
先の闘いの激しさを、沈黙のうちに語っていた。
そのボロボロの屋上を、英翔は歩いていた。
足元のコンクリートは今にも崩れそうなほど心もとなく、注意しながら足を進める。
歩くたびに、石や何かが崩れたり割れたりする音が鳴る。
早く下りなければ、もしかしたらこのビルはもう長くないのかもしれない。
屋上の端近くまで歩くと、英翔はそこで足を止めた。
視線を、ゆっくりと足下に下ろす。
そこには――――――――。
「・・・・・・滑稽か・・・・私が」
息も絶え絶えな、コウタカが横たわっていた。声は掠れて、息が苦しそうに出入りしている。
全身、先の内気の衝撃波に焼き尽くされていた。
黒く爛れ、今にも崩れ落ちそうだ。
「・・・・嗤うが良い・・・狼よ」
「いや、私はお前を嗤ったり蔑んだりはしない。敗因は、あくまでお前がこの聖剣の鞘を持ち得なかったことなのだから」
「・・・・建前は・・要らん。素直に言うが良い・・・」
「確かに、お前は私から奪った聖剣を持ち、その強大な力に慢心していたのかも知れない。だが、それは私が判断するべきことではない。
コウタカ、お前自身が考えることだ」
「初めて・・・・・私の名を呼んだな・・・」
英翔は屈むと、コウタカに手を伸ばす。
そして、握られていた聖剣を、絡められている指を一つ一つ丁寧に外しながら、そっと取り上げる。
聖剣を握っていた指は、内気の炎でとっくに炭化していた。だが、執念めいたものが、彼の指を聖剣へと縛り付けていた。
「返してもらう・・・・これは、私が託された―――――古の王の剣。お前の手には余る」
「ああ・・・・・返そう。私は・・・・それを御すことは出来なかったな・・・」
コウタカの声は、弱々しかった。
まるで、老衰しきった老人の、今にも逝ってしまいそうな・・・そんな危うさと儚さを孕んだ。
先ほどまでの威勢が、本当に嘘のように感じられる。
これが、死に逝く者の視点と言うものなのか。
何処か、諦観と今までの人生に対する全てを悟ったような、そんな遥か大空を見ているような貌。
生きている者には決して垣間見ることの出来ない境地。
「コウタカ・・・・・お前には、何が見えているんだ?」
「・・・空だけだ、それ以外には、何も・・・。私は、闘いにこの生を費やしてきた。そんな空っぽの人生の果てに、見えるものなど無い」
「・・・空っぽなんかじゃ――――――ない」
「お前は、そうやっていつも人の弱さを否定するのか、狼」
「別に、私は否定なんかしていない・・・!ただ、喩え敵であっても、誰にもそんな悲しいことは言って欲しくない・・・それだけだ」
「辛い、生き方だな」
「ああ、お前みたいな傷つける者には一生分からないだろうがな」
「・・・そうだな」
その時だった、ふと、二人の耳にある音が響きだした。
だが、今二人がいるのは高層ビルの屋上である。強い風が絶え間なく吹き、容赦なく聴覚を塞ぐ。
そんな、音が非常に聞き取り辛い状況にも関わらず、風の壁を突き破ってなお鼓膜を叩く大きな音。
まるで、大きな飛行機が飛んでいるような音だった。
それは、何故かだんだんと近づいているように聞こえる。
否、本当に、近づいている。次第にお、音だけではなく振動までもが伝わり始めてくる。
「ま、まさか―――――ッ!?」
時間切れ――――――。
核が、撃たれた・・・。
「東京が・・・・!無くなる!?」
英翔は狼狽した。
やっとの思いでコウタカを倒し。この事件をほぼ解決にまで持っていったというのに・・・。
これが仕打ちか。
「狼よ・・・一つ良い事を教えてやろう・・・・」
「何だ一体、今は一刻を争うときなんだ!手短に言え!」
「いま、上空を飛んでいる核の着弾地点は―――――――――ここだ。このビルの屋上だ」
「!?」
「・・・どうした、一刻を争うのだろう・・・?」
「あ、ああ。分かっている」
疑問が、確信に変わった。
現代科学を超えた位置にある、ナノマシン、レールガンを持ちえている事。
これだけの大掛かりな事を起こせるほどの、資金。
米国の原潜が発射する核の着弾地点を知っているという事実。
そして、彼の右腕に刻まれた、黒咲と御三家以外は持ち得ないはずの・・・“ガンバレル”。
この男には、何か強大な後ろ盾が存在する。
考えたくは無いが・・・恐らくは御三家ほどの力を持った何者か・・・もしくは、御三家そのものか。
後者のほうは、あまり可能性としては考えたくは無い。
何故なら、この事件の後ろ盾に成り得る御三家が、一つしかないからだ。
上条の一門は、数十年前に全滅している。
ベルゼルドはKOTRTに当主であるヴィードルッシェがいるし、錬精術には秀でているものの科学技術には精通していないので、ありえない。
残るは一つ。それは御三家の――――いや、世界の頂点に君臨する、“真門”。
だが、それも怪しい。何せKOTRTを創設したのは真門現当主で、しかもこの事件に一度視察に来ている。
それに、いくら世界の頂点に座しているといっても、そこまで高度な科学技術を有しているのかというのも疑問だ。
では、何処か別の大国ということになる。
これだけの事件をバックアップするには、国家クラスの組織であり、かつ最先端の科学技術を有する国ではないと不可能だ。
なら、自ずと黒幕は絞られてくる。
欧米の列強の、何処かだ。
この事件―――――コウタカを捕まえただけでは終わりそうには無い。
「見ていろ、コウタカ・・・・聖剣は、このようにして御すんだ」
そう言うと、英翔はエクス・カリバーンを天に切っ先を向けて掲げた。
その刃に、太陽が照り返し、まるで燃えているようだ。
英翔は視線を大空へと移し、まっすぐと見据えた。
その先には、一つの点のようなものが見える。
恐らくは、あれが核だろう。
急降下するように、このビルの屋上目掛けて飛んでくる。
外すことは、絶対に出来ない。
核は、通常のミサイル等とは違い、着弾する前に爆発する。
つまり、目標の上空で爆発するのだ。そうすることで、爆発の力を、効果的に破壊に使う。
だから、こちらはそれより早く手を打つ必要がある。
出来るだけ、被害は最小限に。
爆風も放射能も、絶対に東京に降り注がせてはならない。
そうすれば、この街はもう二度とは復興できない死の街となる。折角、この東京を解放したのだ。
この事件の解決の為に従事し、命を落としたもの。そして、チェルノボグ――――。
彼らの死を、無駄にはさせない。させる訳にはいかない。絶対に。
でなければ、今までの全てが徒労と無為に終る。
「これ以上・・・誰の涙も必要ない――――――――――――!!」
エクス・カリバーンを、解き放った。
聖剣の刃が一段と輝き、光に変わる。
一切の悪を絶つ。憎しみではない怒りと、悲しみではない嘆きと共に。断罪と浄罪、希望を運ぶ光で。
我は、悪を世から拒絶する―――――。
エクス・カリバーンの刃が砕け散った。
同時に、凄まじい光の奔流が巻き起こった。まるで、太陽が目の前にあるかのような眩さ。
目を細めずにはいられない、まるで網膜を焼きつくすような、鮮烈な閃光ともいえる光の煌めき。
放たれた必滅の閃光は、真っ直ぐに天を目指す。
そして、その先にある、核を直撃した。
全てを溶解させる灼熱に、核は瞬く間に火を吹き、内に湛えた破壊の術式を半ば暴走しながら発動させた。
聖剣から放たれた閃光を超える、真の太陽が浮かぶ。
全ての生けるものを焼き尽くす、絶命の光を振り撒く。
「私は、誰も死なせない―――――絶対に!この世界に――――――――――!!」
希望の、風を―――――――・・・。
静寂が、訪れた。
空には、聖剣の閃光の柱も生けるものを死せる白き太陽も。無い。
ただ、静かだった。
大気を占めるのは、風の呻くような音だけ。重く苦しい、まるで全てへの鎮魂歌のようだ。
ビルの屋上は、まだ倒壊してはいなかった。
あの核の猛威を、英翔は何とか防ぎきった。
理論上、エクス・カリバーンは原水爆何十個とも対等に渡り合える威力を持つと言われているが、所詮は机上の論だ。
それを扱うのは、あくまで人だ。
生物に、そんな強大な力を発する聖剣は受け止め切れない。
だから、英翔が核を防ぎきったのも、実はかなりの瀬戸際だった。
あと少しでも押し負けていれば、ここは今焦土と化している。
「・・・・生きているか、コウタカ」
「・・・・ああ、永らえているよ」
半ば崩壊しかけたビルの屋上、そこで、英翔は立ち尽くしていた。
その脇には、コウタカが相変わらず倒れている。
「爆風だけではなく・・・まさか、放射能までも圧し帰すとはな・・・驚いたぞ」
「・・・・・・そうだな」
確かに、放射能は押し返した。東京には、全く、それこそ一ミクロンも落とさせてはいない。
一部・・・・そう、たったの一部を除いて。
聖剣を握る、英翔の手が震えた。
それは、恐怖から来るものだった。あまりの恐ろしさに、英翔は抑えることが出来なかった。
ある程度の覚悟は、いつもしていた。明日は我が身。いつ、自分の目の前に死神が現れても、相応の心構えはしているつもりだった。
確かに、自分は人を殺さなかった。だからといって、それが絶対に善いとは限らないことも、また知っていた。
いくら殺していないからといっても、傷つけもするし、痛めつけもする。その度に、業を積んでいることは自覚していた。
だが、やはり死を目の前にするのは――――――――怖い。
死を恐れるのは、生ける者として生まれた宿命のようなものだ、逃れることは出来ない。喩え目をそらして覚悟を決めても、何処かに微かに潜んでいる。
(私は・・・・・)
核の光を、聖剣で押し返すことには成功した。
だが、一つだけ誤算があった。
一部の核の毒が、攻撃をすり抜け、聖剣から放たれる光の柱の真下に集中して降り注いだのだ。
そのため、英翔が立ち尽くしている部分の床だけが、黒く焼け付いている。
動かぬ、証し。
被曝――――――――した・・・・・・。
死が、にじり寄る。
流石に、すぐには自覚症状は出ない。だが、恐怖が湧き出るように心を占めていく。
まさか、東京を守りきったと思ったら・・・。
自分を、守りきれていなかった。
目の前に、砂時計が置かれた。
砂が、ゆっくりと滑り落ちだすのが、分かる。
止め処なく、まるで滝のように流れ落ちていく。
長くは無い。すぐに、死神がその鎌を胸に突き立てに来るだろう。
「英翔さん!!」
その突然の呼びかけに、英翔は反射的に振り向いた。
目を向けたその先。
ビルの屋上の入り口に、霧恵と結ヱ。そしておぶられた貴子が居た。
何故、来た。
怒りにも似た疑問が、湧き上がった。いくらたった今英翔がコウタカを倒したからといっても、それまでこの東京は占領下にあったのだ。
そんな危険な場所に、何故彼女はわざわざ飛び込んできたのだ。
解せない。
死を目の当たりにした恐怖が、憤りへと摩り替わる。
「こんな所にいたんですね、英翔さん!随分捜しましたよー」
「・・・・・・」
貴子を背負ったまま、霧恵は息を切らしながら英翔に歩み寄る。
その額には汗が浮かんでいる。恐らく、相当な距離を、貴子を負ぶったまま歩いたのだろう。
膝も、微かに震えている。
「・・・霧恵さん、どうして―――――ここに?」
「どうしてって・・・英翔さんが心配だったか――――――」
「何でそんな危ないことをしたんですか!!」
霧恵の言葉を待たずして、英翔は怒鳴った。
その声は、今まで霧恵が一度たりとも聞いた事の無いものだった。
こんな、荒々しく起こる声は、聞いたことが無い。いつもの柔和で優しい声は、見る影も無い。
ある意味、当然と言えば当然である。
ここは、今の際までテロリストが闊歩していたのだ。そんな危ないところに、わざわざ首を突っ込むなどと。
「す、すいません、でも・・・あの、わたし英翔さんが心配で、その・・・いてもたっても――――――」
最後の部分は、声が涙に震えて殆ど上手く言えていなかった。
すっと、線を引くように、一筋の涙が彼女の頬を伝う。
しゃくり上げる、といった動作は無い。
ただ、涙が溢れ、はち切れて、零れた。
「あ、霧恵さん・・・・・・・」
立ち尽くし、まるで抜け殻のように涙を流す霧恵の姿を見て、英翔はやっと我に帰った。
何故、こんな風に頭ごなしに罵声を浴びせたのか。後悔が群雲のように胸中に広がる。
最低だ、私は―――――――。
被曝し、もう長くは無くなった自分の命を嘆く気持ちと、怒りを、理不尽にぶつけてしまった。
そうだ、彼女もそこまで子供ではない。
ここが今いかに危険な状態にあるのか、少し考えれば分かることである。
だが彼女は、それを承知で、自分のもとへと駆け付けてくれたのだ。
それを、ただ怒鳴り散らすなど。最低もいいところだ。
「すいません、怒鳴ったりして・・・・私の、為に・・・・私の為に、一生懸命に頑張って来てくれたんですね・・・・」
そっと、英翔は手を霧恵の頬へと伸ばす。
触れられたその手に、霧恵は驚きに身体を跳ね上げる。
そして、負ぶっていた貴子を取り落とした。
気絶している貴子は、成す術も無くコンクリートの床に落とされる。
それを結ヱは、急いで抱き起こした。
「英翔・・・さん?」
「ありがとうごさいます、こんな私のために、ここまでしてくれて」
「そんな、ごめんなさい、わたし向こう見ずだから、英翔さんに心配かけてしまって――――――」
「もう、良いんです」
抱き寄せた。
引き寄せるように、英翔は霧恵の身体をそっと抱きしめる。
もしも・・・・もしも彼女なら、この身に訪れる運命を、共に越えてくれるかもしれない。
そばに寄り添い、事切れるその時まで。きっと。
私の手を握っていてくれるかもしれない。
「え、あの、ちょっと――――――英翔さんっ?」
無言で抱きしめる英翔に、霧恵は目を白黒させる。
こういうことに疎く、また免疫のない霧恵は、軽くパニック状態に陥る。
そんな二人に。
「ちょっと、いつまで惚気てんのよ」
という、明らかに不機嫌な声が降りかかった。
その声を聞いて、英翔と霧恵の二人は気付いたように、お互い距離を取った。
それを、何時の間にか目が覚めていた貴子は、じっとりとした視線で見つめる。
確かに、目が覚めていきなり男女が抱き合っているところに出くわしたら、良い気分ではない。
それに、貴子は先ほどの勝負で霧恵に負けたところだ。機嫌は最悪に悪いはずである。
「若いわねー、二人とも。良いわよ私は別にどうでも、二人で仲良く?お好きにして下さい?」
口を尖がらせながら、子供のようにそっぽを向いてしまった。
「ふえ!?そ、そんなんじゃないですよ〜、貴子さーんっ」
「どうだか」
「まあまあ貴子さん、今回は霧恵さんに助けられたんですし、そんな風に拗ねなくても―――――」
「は?」「はい?」
英翔のその一言に、貴子と霧恵は同時に、同じ反応をした。
貴子が。
霧恵に。
助けられた。
その言葉に意味が分からず、二人は英翔に怪訝な視線を送る。
「え?だった、貴子さんは捕まってたんでしょう?」
さらりと、何の疑問もなく英翔は答えた。
その英翔の答えに、二人は益々首を傾げる。
「英翔・・・・どこをどう考えたら、私が誰に捕まるの?」
「どうも何も、貴子さんは私の目の前でコウタカに攫われてたじゃないですか」
「あっ・・・・・」
しまった、と気付いた時にはもう遅かった。
コウタカに付いて行った、あの時。英翔の意識はまだ微かにあったのだ。
治癒系の錬精術を施し、大分容態が落ち着いたので、コウタカの元へと一緒に行ったのだが。
まさか、見られていたとは。
恐らく英翔の目には、自分がコウタカに連れ去られるように映っていたのだろう。
しかし困った。
この事を、どう説明すればいい。
要点をまとめて説明するだけでも、とても難儀なことに思えてくる。
第一、KOTRTの隊長として在席している自分が、敵の本拠地に堂々といたなど、言えるわけが無い。
どうすればいいものか、と思わず頭を抱えた。
その時だ。
「それについては、私が話そう・・・・・」
突然の、声に、皆一斉にその方向に振り向いた。
そこには、まだ傷が殆ど傷が癒えていないコウタカが立っていた。
エクス・カリバーンの直撃を喰らった彼のダメージは計り知れない。普通は、喋ることも叶わないはずだ。
にも関わらず、立ち上がるとは。羅種の生命力の強さだけでは説明しきれない。
「どういう――――ことだ」
「そう睨むな。私は負けた、もう変な気は起こさん」
コウタカが来ただけで、英翔の態度は一変した。
いつもの明るい調子だったのが、いっきに威圧的になる。
それほどに、彼のコウタカに対する憎しみは深いということだ。
「KOTRTは知らんだろうが、そこにいる香坂貴子は、元々は私の子供・・・・『テオ』だ」
「なッ!?出鱈目を―――――――ッ!」
「全て、事実だ」
息苦しく、コウタカは英翔を制す。
やはり、傷が相当響いているのだろう。会話をするだけでも、今はかなり辛いはずだ。
「私は“大乱獲”で故郷を失い、中国へ渡った。そこで私は羅種としての持ち前の身体能力を使って、暴力団に雇われていた。
そして、中国での生活が何年と過ぎた頃に見つけたのが・・・この子、『テオ』だ。貧困街の路地裏に捨てられ、泣いているところを私が見つけた。
彼女からは、異郷の地に来て久しく嗅いでいない同胞の匂いがした・・・この子は、私と同じ『人喰鬼』だったのだ。
それから私は、再び日本に戻るまで彼女を育てた―――――」
「日本に来て、一体なにがあったんだ。どうして、貴子さんはいま『香坂』を名乗っているんだ?」
「私が再び日本を訪れた目的・・・それは、復讐だ。“大乱獲”の際に、私の故郷を焼いた、上条の一族へのな・・・・!」
「!?」
上条。
かつて御三家に目され、羅種最強の地位を欲しいがままにした吸血種の血族。
だが、何年も前に、その血は途絶えている。
「上条に挑み、私は敗れた・・・・完膚なきまでに。そして、一度死んだ」
「死んだ?」
「死ぬ前にかけておいた、“転輪廻”の術で復活した」
(なんて無茶なことを)
英翔は胸中で呟いた。
“転輪廻”は、成功する確率がほぼゼロに等しい蘇生術である。
あまりに成功しないので、失敗作の烙印が押された錬精術だ。
そんな、限りなく無いに等しい機会に、この男は全てを賭けたというのか。
「テオは予てから頼んでおいた香坂家に引き取られ、私は再び中国に戻った。また、上条に挑む為に・・・。だが、そこで私は知った。
“大乱獲”が、人間の手によって仕組まれたものだと言うことを。それから、私の仇は変わった。
あの悲惨な光景を生んだ、『人間』への復讐。それに私は昔から、人間に対しては疑念を抱いていた」
「どんな?」
「・・・・何故、『人間』より遥かに優れている『別脈種』が、人間などに傅き従うのか・・・・ずっと納得がいかなかった。
あんな脆弱な生物が、我々強者の上に立つその所以は何だ?」
「・・・“生物としての、根本の強さ”――――――」
「!?」
「・・・・貴子さんからの、受け売りですけどね」
コウタカは、諦めたように静かに肩を竦めた。
だが、その表情は笑んでいる。
「狼よ――――・・・」
「何だ?」
「テオと、二人きりで話がしたい・・・・。もう、長くはなさそうだ」
「大丈夫なんですか、英翔さん」
「ん?」
コウタカと話す貴子の背を見守りながら、霧恵は不安そうに呟いた。
確かに、いくら義父とはいえ、相手はこの事件の首謀者だ。いざとなれば、我が子を盾に形勢を覆そうとするかもしれない。
だが、それは絶対にありえない。
それは実際に手合わせた英翔が一番良く分かっている。
コウタカは、そんな器の小さい男ではない。
「・・・・大丈夫ですか?」
「ああ、すまないテオ・・・・実は、もうだいぶ辛い――――」
苦しげに息を漏らすコウタカを、貴子はゆっくりと、冷たいコンクリートの床に寝かせた。
内気に爛れた肌から、彼のダメージが見て取れる。相当に酷い。
普通なら、病院に連れて行くなり何なりするところだ。
「本当に・・・すまなかったな、テオ」
「貴方らしくありませんね、そんな気の弱い言葉を」
「私は、本当は長く永らえるつもりなどなかったのだが――――――今は、違う」
「・・・あんなに生に執着の無かった貴方が?」
「ああ、今は、もっと生きていたい・・・。それが人喰鬼として恥だということは分かっている。嗚呼、そうだ、嫌と言うほどに分かっているのだ」
「では、何故――――?」
その時。
乾いたコンクリートに、雫が垂れる。
それは僅かに染みをつくり、すぐに消えていった。
コウタカの頬を、糸を垂らす様に涙が伝っている。
その涙を見て、貴子は目を疑った。
死をも恐れず、どんな苦境や戦いにも決して屈しなかった、あの義父が――――泣いている。
鋼の束のような意思を持つこの男を泣かせるに足るモノとは一体何なのか、貴子には皆目見当もつかない。
「初めて見ました―――――貴方の泣き顔など・・・」
「そうだ、悲しいのだ・・・これから、お前と一緒に生きて行けないということが・・・どうしようもなく・・・」
「何を今更――――貴方は自分自身で復讐を選び、私を――ッ」
「だから―――――だからこそ、死に際の今になって悔いている・・・・!過去の自分を。何故あの時、お前と一緒に余生を歩むことを選ばなかったのか。
すまなかった・・・本当にすまなかった・・・・・私は、最低の父親だったな」
復讐に身を焦がれ、戦いに赴き、自分を置いていったコウタカ。
幼き日は、確かに恨んだこともあった。切り捨てられたと、憎んだ。
だが、今は違う―――――。
貴子は、コウタカの頬に手を差し伸べる。
その無骨な顔を、両手で包み込むように触れた。
「いいえ・・・貴方は、私にとって唯一の、掛け替えのない――――立派な父でした・・・」
「正直に罵ってくれ・・・その方が、気が軽い」
「本当です。貴方には、本当に感謝しています・・・。貴方がいたからこそ今の私があり、今の私の友がいる。居るべき場所がある。
そして、貴方の背中から多くの事を学ばせて貰いました。貴方は、立派に父としての役目を果たしましたよ―――」
「優しい子だな、お前は・・・。進め、我が最愛の娘よ――――――」
そこで、彼の言葉は途切れた。
「コウタカ―――――?」
もう、彼は既に事切れていた。
穏やかな表情で、貴子を見つめたまま。息を引き取っていた。
貴子は、目蓋をそっと閉じた。
すると、彼の表情は安らかな寝顔に変わった。
復讐の為に生き、復讐に焼かれ、復讐に逝った男の――――――、一生が幕を閉じた。
報われない、救いの無い人生だったのかもしれない。
だが、その中で彼は足掻き苦しみ、精一杯に駆け抜けた。
それで、充分だ。
生ける者として、全力で生き、その生に幕を閉じれば。
最後に、大切な者に看取られれば。
それ以上幸福なことはない。
「さようなら・・・・私のお父さん――――――そして、最愛の人・・・・・」
その言葉は、誰の耳にも入ることは無い。
雲は無かった。
蒼穹が広がり、その果て無き蒼さを限りなく輝かせている。
ここなら、空に――――――ソラに一番近いここからなら、行けるだろう。
天国と地獄、地上と空。
狭間にある、この場所からなら。
今度こそ、恐れなく心安らげる場所に――――――。
憎悪も、涙も、人を苛むモノの無い、安寧のソラに。
彼はきっと行けるだろう・・・・。
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